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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2019年2月の記事一覧

短篇小説「ことわざ殺人事件」

 ある冬の朝、都心の路上で、腹部に餅屋の暖簾を被せられた中年男性の死体が発見された。男は一般的な背広姿、目立った外傷は見当たらず、死因は特定されていない。この不可解な死を解明するため、二名の刑事と一人の探偵が現場へと急行した。

 初めにベテランの刑事Aが目をつけたのは、やはり腹部を不自然に覆い隠している暖簾であった。紺色の生地に大きく「餅」とプリントされている。刑事Aは、かしげた首をゆっくりと戻

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短篇小説「縁起者忙殺録」

短篇小説「縁起者忙殺録」

 幸介はとにかくかつぐ男だ。どれだけ重いものをかつぐのかといえば、彼のかつぐべきその総重量は甚だしく大きいと言わざるを得ないだろう。そう、彼は縁起をかつぐ男。成功体験の数だけ、かつぐべき縁起がある。

 幸介は自身を幸福へと導く縁起を、それはもう起きた瞬間からかつぎにかつぐ。彼は起床時には、必ず左目から先に開けると決めている。

 これはけっしておかしな話ではない。縁起をかつぐからには、必ずそれだ

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短篇小説「筋肉との対話」

短篇小説「筋肉との対話」

 おい、オレの筋肉! やるのかい、やらないのかい、どっちなんだい? やるとしたらいつ、何を、どのようにやるのかい? 今すぐ、バーベルを、鬼のように上げるのかい? 今宵、ブルドーザーを、東京から大阪まで引っ張るのかい? あるいは明朝、ラジオ体操第2を、強めにやるのかい?

 逆にやらないとしたら、代わりに何をやるのかい? どこへ行くのかい? 誰に会うのかい? 疲労回復のために眠るのかい? 薬局へプロ

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短篇小説『マジックカッター健』

短篇小説『マジックカッター健』

 マジックカッター健はどこからでも切れる。彼を切れさせるのに、切り込みなど必要ない。お肌だってツルツルだ。

 マジックカッター健は、端から見れば何ひとつ原因が見当たらないのに切れる。しかし実を言うと、健には本当に切り込みがないのではない。彼の切り込みは外からは見えないというだけで、健が切れるときには必ず、心の中のどこかに切り込みがひっそりと入っている。マジックには、必ずタネがあるというわけだ。

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短篇小説「条件神」

短篇小説「条件神」

 ひとりなのだかたくさんいるのだか知らないが、世にいう神々が必ずしもやさしいとは限らないのは、地球の現状を見れば誰にでも簡単に理解できることである。しかしまさかここまでとは。

 その日、神が喪師喪田畏怖男を見つけたのか、喪師喪田畏怖男が神を見つけたのか。そんなことはどうだっていい。畏怖男は日曜の公園を散歩中、夕陽をバックに池からせり上がってくる神を見た。

 それはまるでコロンビア映画のオープニ

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