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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2019年1月の記事一覧

短篇小説「ハズキルーペがハズかない」

短篇小説「ハズキルーペがハズかない」

「今日も私は精一杯、力の限りハズけていたのだろうか? あるいは楽をして、中途半端に七割方ハズいたあたりで、満足してしまっていやしないだろうか?」

 近ごろ私は、仕事を終えた帰りの電車内で、毎日そう考えている。それはもちろん、私が最近ハズキルーペを購入したからである。

 しかしハズキルーペを所持しているからといって、何事をもハズけるとは限らない。無論ハズける確率はいくらか上がるのだが、やはり努力

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短篇小説「マウント屋」

短篇小説「マウント屋」

 仕事で大きなプロジェクトを成し遂げた翌日、私は必ずマウント屋へ行くことにしている。今日の私があるのは、すべてマウント屋のおかげだと思っている。

 今夜も私は、任務達成の悦びと抜けきらない疲れに酔いしれた身体を引っさげて、会社帰りにマウント屋を訪れる。せっかくだから、今日は新規開拓をしてみよう。そう思った私は、会社近くにある以前から気になっていた店を訪れることにした。

 手書きで粗雑に「冒焚里

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短篇小説「雑談法」

短篇小説「雑談法」

 七年前にいわゆる「雑談法」が施行されて以来、気軽に「雑談でもしましょう」などと言えない世の中になった。難儀なことである。

 「雑談法」により、「雑談」という文字どおり雑然とした概念は、改めて明確に定義されることとなった。はたして何が「雑」で何が「雑」でないのか? その曖昧すぎるボーダーラインは、それまであまりにもないがしろにされてきたと言うべきだろう。

 そもそも「雑談」とは、「とりとめのな

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「感濃小説」

「感濃小説」

 ある夜仕事から帰宅すると、ドアの前に透け感のある服を着た抜け感のある中年男が立っていた。男は見るからに生き感に欠け、その夢感そしてうつつ感の強い表情から読み取れる化け感は、まるで死に感に包まれた幽霊のようでもあった。それにしては左手に持った提げ感のある大きな紙袋が、不自然なまでの揺れ感を伴ってその有る感を主張していた。

「買ってもらいたいものがあるんです」

 私の顔をチラ感のある目線で捕らえ

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短篇小説「つまらな先生」

短篇小説「つまらな先生」

 つまらな先生はすなわちつまらないからつまらな先生と呼ばれているのであり、もしも一片でも彼に面白味のようなものがあったなら、そう呼ばれてはいないだろう。

 つまらな先生の授業は、やはり滅法つまらない。しかし彼は自分の授業がつまらないのではなく、彼の授業をつまらないと感じる受け手のその心こそがつまらないのだぞと、居眠り三昧の生徒らの寝耳へ念仏の如く唱え続けた。

 だが生徒らにとっては、このありが

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短篇小説「フェイク・オフィス」

短篇小説「フェイク・オフィス」

 六本木の高層階にあるオフィスで、振介は今日も働くフリをすることに忙しかった。

 具体的にいえば振介はいま、プリントアウトした資料を見るフリをしながら、そこに書いてあるデータをノートPCに打ち込むフリをしている。

 もっといえばその「資料」とはプリントアウトしたフリをして排紙しただけの白紙であって、その白紙がそこに何かしら書いてあるフリをしているものだから、彼はそれを読むフリができるのである。

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