アイルランド系移民の旅で追体験するアメリカ史の差別と奴隷制度『片喰と黄金』
【レビュアー/bookish】
大河ドラマで渋沢栄一が主人公の「青天を衝け」が始まりました。
日本が揺れたこの時代、海を挟んだで米大陸で何が起きていたかというと、少し前の1848年ごろからカリフォルニアで発見された金を発掘して一攫千金を狙う「ゴールド・ラッシュ」が始まり東から西への人口移動を伴う大開拓が進んでいました。
この時代をアイルランドからの移民を主人公に描いたのが北野詠一氏の『片喰と黄金』(集英社)。
移民差別や奴隷制度などアメリカ史の影の部分も描きながら、狂気のような夢に向かう冒険譚を味わえます。
ニューヨーク、オハイオ…実際に地図をみながらアメリアと一緒に冒険してほしい
物語は飢饉で食い詰めたアイルランド人・オニール・アメリアと従僕のコナー・ボウエンがアメリカ大陸へと渡りカリフォルニアの黄金採掘で大富豪を目指すところから始まります。お金も体力もない14歳の少女がその場で出会った人からの学びと縁で、少しずつカリフォルニアに近づいていきます。
とはいえニューヨークとカリフォルニアは3時間の時差があるほど距離があります。航空網が発達した現代ですら東海岸のニューヨークから西海岸のカリフォルニアには飛行機で6~9時間。
この広大な大地をアメリアらはニューヨーク州から馬車でメリーランド州ボルティモアへ向かい、ボルティモア&オハイオ鉄道に乗ってオハイオ州を目指します。そこからケンタッキー州に立ち寄り再びオハイオ州へ。
普段なかなか見聞きしない米国の地名も登場し、地図を片手にみるとその国土の広さに驚きます。しかもまだ法律も警察もきちんと整備されておらず、みなが当たり前のように銃を所持しギャングや無法者が街を支配する時代で。アメリアらもほとんど死と隣り合わせの旅です。
当然14歳の少女と従僕では乗り越えられないため、旅の中で仲間を作っていくことになります。アイルランドから来た非力な少女と組む人はいるのかと思いきや、意外にいる。
当時のアメリカはニューヨークなど東海岸や南部は開発が進んでいたものの、西部を含めまだまだ未開の地が残っていました。黄金に限らず一攫千金を狙う人が世界中から集まっており、アメリアも少しずつともに西に向う人を見つけていきます。
物語と共にたどるアメリカ史の差別と奴隷制度
この厳しいアメリアの旅に、物語は当時のアメリカの影の部分を重ねてきます。
ひとつはニューヨーク上陸直後にアイルランドからの移民に対するニューヨークの住民の差別意識。似た言語を話す人とはいえど財産もなく違う背景を持つ人が乗り込んでくることへの拒否感を描き出します。
もうひとつは奴隷制度。当時のアメリカはケンタッキー州のように奴隷を認める奴隷州と奴隷制度を禁止する自由州にわかれていました。オハイオ州からケンタッキー州に入ったアメリアらはそれまで東海岸にはいなかった黒人奴隷に出会います。
自由と成功を求めて海を渡りさらに大陸を横断しようとするアメリア一行と対照的なのが「楽園」に閉じ込められた奴隷たち。
どんなに衣食住が保証されていても自由に出入りできない楽園にいるのは果たして幸せなのかーー過酷な旅をするアメリアとともに読者は考えさせられることになります。
奴隷制度含めてかなり史実を取り入れているところがあり、ジョン万次郎や大陸横断鉄道の建設に関わったセオドア・D・ジュダなど歴史上で実際に活躍した著名人も登場。ちょっとした米国経済史に触れることもできます。
ちなみにアメリアのように女性がゴールド・ラッシュに参加したのでしょうか。
実際ゴールド・ラッシュが始まった直後は男性が殺到し、カリフォルニアの男女人口比が大きく崩れました。力仕事の鉱山開発が中心ということで映画などでは男性社会が描かれやすいのは事実ですが、徐々に女性も西へ向かったとのこと。
男性の家族や性産業を含む娯楽産業の従事者だけでなく、写真家、ジャーナリスト、教師、飲食業といろいろな産業に従事しカリフォルニアの生活を支えました。ほかの地域では女性という理由で賃金が低かったり仕事が得られなかったりした人も流れ込んできたとのこと。
ひと財産築いた人もおり、アメリアの大富豪も必ずしも夢物語とはいえなさそうです。
シリアスとコメディのバランスの良さ
22話でアメリア一行はまだオハイオ州シンシナティにおり、カリフォルニアに向かうための道具や移動手段の準備をしている最中です。
すでに移民差別や奴隷問題という重いテーマを投げかけていますが、史実に沿うならこれから西に向かうなかでもっと過酷な現実が待ち構えています。
しかし魅力的なキャラクターとシリアスと品のいいコメディのバランスがよく、物語の展開からは目が離せません。無事カリフォルニアにたどり着いてその経済拡大に向き合うであろうアメリアの物語を見守りたいと思います。