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医学部行けば人生勝ちだと思っている人への処方箋(※劇薬注意)『がんばれ!猫山先生』

※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)

【レビュアー/山田義久】

 医学部に行き、医者になる。

日本では、多くの医学部が偏差値ピラミッドの頂点に位置し、受験戦争の強者たちはそこを目指す。

そういえば、私が卒業した田舎の中学校は、卒業生が向かう先として京都大学から刑務所までとそのダイバーシティを誇るのだが、確かに一番成績のよかった友人は医学部に進み、医者になった。

成績最優秀者が医学部に偏在することの是非はともかく、はっきりいって、少なくとも学生の頃に死ぬほど勉強したのだし、ぜひとも甘い蜜吸ってナイスな生活してほしい! と個人的には思う。

しかし、この現役開業医&漫画家であり、『まんが 医学の歴史』や『ナイチンゲール伝』の作者である茨木保さんのこの『がんばれ!猫山先生』を読むと、医者という職業も、もはや”勝ち組特急券”というわけでないことが、現場からの声としてヒリヒリ伝わってくる。

正直、最初は”医療ネタに溢れたほのぼの4コマギャグ漫画”かな~くらいで読み始めたが、確かに柔らかいタッチで描かれているものの、内容はかなりハードボイルドだった。

この漫画、医学部受験浪人生10人に読ませて、3人は受験をやめさせる自信ある。医者との合コンにいく予定がある方も、正確なデューデリのために是非とも事前に紐解いてほしいと思う。

それでは、“医療崩壊”という制度疲労の逆風のなか、需要と供給が支配する冷徹な”市場経済”というサファリパークに放り出された医師達の断末ま、、いや奮闘を見ていこう。そこで描かれる人生模様は、医者とは関係なくとも、日々それぞれの持ち場で戦う我々全員の心の琴線にも響くと思う。

主人公は、猫山タロー42歳。最初、大学病院の内科助手だった彼は、関連病院”ねずみが丘病院”に異動させられる(本人が一番最後に知るという、わきの甘さ…)。

関連病院といっても一つの企業体。つまり、医療サービスを提供することで利益を得る営利団体であり、大根や携帯電話を売るのと本質的には変わらない。つまり、ちゃんと「今日の大根うまいよ~~!」と大声を出せる人が求められるのだ。

しかし、大学病院から移ってきた猫山タロー先生、もちろん生き馬の目を抜く世界は知らず、所属する内科は不採算部門になってしまう。そして、事業全体を統括する事務局長がリストラに動きだすことになる。

それも、現実の世界よろしく、いきなり本人に「どうにかしなさい!」とか「辞めてください!」なんて直言したりしない。少しずつ、問題がこじれないように、角が立たないように、外堀を埋めていく。このあたりなんて、どこの業界でもよくみる風景でないか。

その後、収益は改善されず、関連病院でお荷物となってしまった猫山先生は、大学病院に戻されることになる。しかし異動直前、同僚の医師が産休に入ることになり、結局大学には戻らないことに。

そんな人事部同士の都合(※本質的には自己責任)に振り回されることに嫌気がさしつつあった猫山先生は、ぼんやり開業医として独立することを考え、なんとな~く開業セミナーに参加する。

その後も情報収集を進めるが、昨今の“医療崩壊”の影響などもあり、開業医になった先輩の話を聞いても、あまりいい話を聞けない。誰か背中を押してくれる人を探していた猫山先生は、偶然、開業コンサルタントの猪木社長に会う。

この猪木社長が百戦錬磨のビジネスマン。この人が超おもしろい。たくさんの医者がこの作品に登場するが、全登場人物のなかで一番儲かってそうなのは彼だ。

医者に開業させコンサルティングフィーを得ることを生業としている彼は、世情に疎い医者を懐柔することなど、赤子の手を捻るかのよう。もちろん、猫山先生と出会ったのも偶然でない(当然セミナーの参加者リストを入手している)。一見物腰柔らかな彼だが、それはそれは巧みに猫山先生をカタにはめていく。

しかし、猪木社長は、別に悪徳金融のように客から身ぐるみはがしてポイ、というような違法でアコギ(いや、アコギといえばアコギか・・?)な商売をしているわけでない。

子飼いの会社に優先的に仕事を回しているとはいえ、テナント、広告、保険から人材採用・育成まで非常に細かくサポートするし、あくまで最終的な決断は常に顧客、猫山先生にさせる。随所に現れるこの百戦錬磨の猛者の言葉は重く、「経営者にとって本当に大変なのは、職員を雇う時よりも、辞めさせる時なのですよ・・・」、ドキっとするような発言もある。

ただ、猪木社長はあくまで"開業コンサルタント"。つまり、開業後の病院の運営に関しては何もコミットしていない。案の定猫山先生は、開業後に損益分岐点を冷静に分析して愕然とすることになる。

シビアだが、「おまかせしますぅ」ですべて猪木社長に任せ、自分で情報収集・吟味してこなかった猫山先生が悪いのだ。

そして、開業医として心身ともにボロボロにしながら奮闘するなか、隣駅に競合が進出することに。そして、その医院から出てきたのも、猪木社長という。。

読み始めた当初は「お医者さんバージョンのサザエさん」くらいの軽いテイストなのかと思っていた。しかし、そこには主体性薄く、丸腰で開業した猫山先生がボロボロになっていく様が、ギャグっぽく、しかし現場の詳細を盛り込みながら、ただ描かれ続ける。

隣駅に競合ができることを知った後も、新人看護師の中に共産系職員がいたり、下のテナントに新興宗教が入り顧客が去ったりと、踏んだり蹴ったりだ。まさに「がんばれ!猫山先生」だ。

最新刊4巻の巻末に、単行本だけの特別読み切りがあって、何かこう、ポジティブな展開が?! と思ったら、これだった(↓)。その共産系職員がなぜそうなった経緯を語るという斜め上からの展開笑(医療関係なし笑)

さらに、実は、猫山先生の話のサイドストーリーとして、先に独立した産婦人科医・奈良野シカオの話があるのだが、こちらはもっとひどい。開業後、競合に完膚なきまでたたきのめされ、生活に困窮し、最後は命まで。。。医者がなぜ右の4コマから左の4コマに至ったののか、詳しくは本作を読んでほしい。

作者は上記のとおり、名作『まんが 医学の歴史』、『ナイチンゲール伝』の茨木保さんだ。この4コマ漫画は、日本医事新報 で連載中のものである(連載させる側も相当太っ腹だ)。

よって本作は、医師でない人がルサンチマンを込めて、医師をこき下ろしたりするのではまったくない。現役の医師である茨木さんが、おそらく現在起こっていること、見てきたこと、体験したノンフィクションをフィクション風に描かれているのだ。

パロディ調に医師達の凋落を描き続けるのも、茨木さんなりの問題提起なのだろう。彼らを苦しめる一因である”医療崩壊”についても、4コマで鋭くその本質を描写する。楽しく読み進めていくうちに、この社会問題についても詳しくなる。

今最新巻は4巻だ。さぁ、猫山先生は開業医として成功して、リッチマンになるのだろうか。ん?それには、まずモデルである作者の茨木さんがリッチにならないとダメなのだろうか?既に茨木さんはリッチであれば、5巻は猫山先生の大躍進のはずだ。

まぁ、そこはよくわかんないけど、おススメ!


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