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#30 病めるときも、健やかなるときも、

大学1年生の時 『ジェーン・エア』という映画をみた。
おそらくこれが生まれて初めてみたモノクロ映画で、当時はDVDなんかではなくビデオテープだった。

時間割を見間違えて、90分も早く登校してしまった、とある日。
あまりにもやることがなかったので、大学内の図書室に併設されている視聴覚室で映画を観ることを私は思いついた。
有意義な時間の使い方ができるなあと、機嫌よく視聴覚室に向かったのだが、見事に期待は裏切られる。

視聴覚室に並んでいるビデオテープたちは、映画とはいっても『オズの魔法使い』や『メリーポピンズ』といった平和的な不朽の名作ばかり。
私が観たかった『死霊のはらわた』や『ゾンビ』シリーズは一本も置いてなかった。(今考えると当たり前だ)

心で舌打ちしつつ「あ」から順に目でなぞりながら観たい作品を探してみる。すると「さ」行にさしかかったところで、手が止まった。

その作品の名は『ジェーン・エア』だった。

この題名で手が止まった理由は、母からこの作品の話を何度も聞いていたからである。母は映画ではなく、小説で『ジェーン・エア』と出会ったらしい。
「私はジェーン・エアみたいな恋をするんだ!って思って、生きていたの」とよく私に言っていた。

私は『ジェーン・エア』という題名だけは覚えていたものの、あらすじなどは全く知らない。

「よし、小説は読んだことないけど、みてみよ」とビデオテープをデッキにいれ、スタートさせる。

スタートして3秒後すぐに後悔が襲った。

最悪、これ白黒映画なの?

半透明のビデオテープのケースにテプラで『ジェーン・エア』というシールが貼っていただけだったので、私はこの作品がいつ制作されたのかさえ把握していなかった。そして映像が流れてみてびっくり。白と黒しかない。

ゲームボーイでさえ「単色だから」とやりたがらなかった私が、モノクロ映画を簡単に受け入れるのはしんどいものがあった。

が、しようがない。
母の恋愛観を固めた映画を目の前に現代っ子をふりかざしてスルーしては、なんだか負けた気がするので、渋々再生を続けた。

ここからはニワトリ脳の私が憶えいている、映画『ジェーン・エア』のあらすじである。ネタバレ注意なので、もしちょうど今から白黒映画のジェーン・エアを観ようとしている方は要注意。(さらに合っているかも怪しい)

ジェーン・エアは、とあるお金持ちの屋敷に家庭教師として派遣される。
その屋敷に住む主の娘の世話をするためだ。
立派な屋敷だが、絶対に入ってはいけない部屋があるとジェーンは主から説明を受ける。実は主の妻は精神的な病にかかっており、安全性を重視して部屋に閉じ込められていた。
最初は他人に心を閉ざしている主だったが、やがてジェーンの真っすぐな生き方に惹かれはじめ、ジェーンもまた主の不器用な優しさに魅了されていく。
そしてあるとき主の妻は発狂して、お屋敷に火を放ってしまう。屋敷は全焼。
結果、主は妻と全財産を失う。(たしか娘は無事だったはず)
さらに主は火事によって視覚を失い、車いす生活を余儀なくされる。

ジェーンは何もかも失った主に、一生添い遂げると誓いを立てる。

大学1年生の拙い私の記憶より

観終わっての感想は「衝撃」だった。
感動なんて、正直、ない。

映画が終わって、ビデオテープが自動で巻き戻しされている「ウィーーン」という音を聞きながら、私はヘッドホンを外せずに放心状態になっていた。

え?こんなに人を愛せるってスゴクない??

当時、本といえば漫画しか読んでいない活字弱者な私は、こんな感想しかでてこなかった。

しかしながら、結果、私の結婚観にジェーン・エアは生きている。

以前私は夫と結婚した出来事について『ルックス重視の代償』で語った。
さらに加えるならば、私は結婚に対してジェーン・エアの映画に感化された基準があった。

基準とは「この人がもし目がみえなくなって歩けなくなって、全財産を失っても、私は添い遂げられる」というもの。

で、現実に夫はこうなる⇩


しかし何を隠そう、結婚生活10年のうち5年間は無職だったのである。

都築あい(てもねっと)『ルックス重視の代償』より


正直、子供が3人いる中での夫の無職期間は、経済的にも精神的にもしんどい時期がかなりあった。

しかし私はそのたびに
「ジェーン・エアは、自分の姿をもうみることができなくなった主にも、変わらず『愛している』と伝えてたんだから」
と思い返していた。

と同時に、私はそんなふうに想える相手に出会えたこと自体が奇跡だと感じ、ひたすら「稼ぐこと」にコミットできた。

先月、義理の父の3回忌で夫の実家・柳川へ行った。

夫は(今年の1月に5年ぶりにめでたく就職し)仕事で不在だったため、私1人で法事に向かった。
お寺さんでの法事が終わると、8名ほど集まった親戚一同で食事会をすることになっていたのだが、やはりそこでは私の夫の話になる。

「無事に就職できて良かったね」とか「技術職だから一生食べていけるね」とか、夫を幼い頃から知っている叔父や叔母は夫の就職を祝ってくれた。

そして話の終盤で「無職が5年も続くなんて、なんで離婚しないの?って正直思ったよ」と夫のお母さんに言われた。一瞬、その席がしーんと静まりかえる。

「この場の空気をよむと『本家の嫁』としての正解って、なんだろ」と、即座に考える努力はしたものの、気づけば言葉が出ていた。

「おかあさん!私は、○○ちゃん(夫の呼び名)の経済力に惹かれて結婚したんじゃないんです。だから私が稼げる間は、無職でもなんとかなります。っていうか、お母さん譲りの素敵な顔立ちに一目ぼれしたんですよ、本当に上手に産んでくださってありがとうございます」

すると夫の親戚一同が集まるその場に、どっと笑いがおこった。

「ああ、そうね、ならよかったたい」
そう言ってげらげら笑う義母の笑顔が、なんだか嬉しかった。

正解かどうかはわからないが、ジェーン・エア思想は夫の故郷・柳川でも受け入れられたようだ。


ところで。
白黒映画の『ジェーン・エア』を、鮮やかなカラー画面しか見たことがない我が娘たちと一緒に観る日は来るのだろうか。











































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