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ソーシャルインクルージョン研究のいま

高齢者が安心して穏やかな気持ちで生活するにはどのようなことが大切でしょうか。
ここでは「東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム」の研究から、高齢者について最新の話題を取り上げます。

今回は、おひとりさま生活(一人暮らし)と認知機能について、津田修治研究員たちの研究をご紹介します。

認知機能が下がると幸福感も低くなる

男性のほうがおひとりさま生活の影響は大きい?

高齢化が進み、家族の姿が変化するにつれ、一人で暮らす高齢者は近年増加傾向にあります。高齢者の一人暮らしはネガティブに捉えられがちですが、健康状態が良く、活発に社会活動を楽しんでいる方は少なくありません。しかし認知機能が低下したとき、生活にどのような影響が起こるのでしょうか。

研究では、都内に住む65歳以上で長期間の介護を受けていない方を対象に、認知機能の状態と幸福感、居住状況、社会的な活動などについてアンケート調査を実施しました(2015年6月〜8月)。有効回答は男性3万4,255人、女性4万1,056人、男性の平均年齢は73.5歳、女性は73.6歳で、一人暮らしが男性18.5%、女性26.0%でした。

「一人暮らし」の人と、他の人と「同居」している人を比べると、男性では「一人暮らし」のほうが平均年齢はやや若く、反対に女性ではやや高齢でした。また「一人暮らし」の男性は特に、社会的なサポートを受けることや社会的なサポートを提供すること、近隣とのつながり、友人と定期的に会うことが少ないことがわかりました(図1)。例えば、近隣とのつながりがあると答えた「一人暮らし」の男性は41.2%、「同居」の男性は52.7%で、「一人暮らし」と「同居」の間に統計学的にも有意な差がありました。ところが女性の場合、「一人暮らし」では74.0%、「同居」は77.6%で有意差はありませんでした。


認知機能の低下にともなう幸福感の低下は一人暮らしの男性で顕著

次に、認知機能と幸福感について参加者に尋ねました。認知機能の状態は、「財布や鍵など物を置いた場所がわからなくなることがありますか」など、10項目からなる自記式認知症チェックリストを使って10〜40点で評価されました。幸福感については参加者全員に質問票(S-WHO-5-J Well-Being Scale)の5つの質問に答えてもらいました。例えば、最近2週間のうち「明るく、楽しい気分で過ごした」期間の質問には、「いつも」「ほとんどいつも」「半分以上の期間」「半分以下の期間」「ほんのたまに」「まったくない」の6段階から選んでもらい、0〜5点で点数をつけました。

その結果、男性でも女性でも、認知機能の低下は幸福感の低下と相関していました。特に男性では「一人暮らし」のほうが「同居」に比べて、認知機能が下がるにつれて幸福感の下がり方が大きいことがわかりました(図2)。また年齢、婚姻歴、病歴、身体機能、社会的サポートや近隣とのつながりといった社会的な要素などで統計学的に調整したところ、女性では「一人暮らし」と「同居」で差はなくなりましたが、男性では依然として有意な差がありました。その理由として、今回の解析では測定していない精神的な苦痛(孤独など)も影響しているのかもしれません。

一般的に高齢の男性にとって親密な人間関係は配偶者や家族に限定されることが多いのに対し、高齢の女性では子供や地域での付き合いなど、より多様な人間関係があるといわれています。また高齢の女性、特に一人暮らしの女性は、将来の生活を心配して、早くから地域の交流や社会とのつながりをつくる傾向があり、こういった“予防的な行動”が幸福感を維持することに役立っています。そのため高齢の女性は一人暮らしであっても、社会的な関係性を通じて、他の人と同居している女性と同程度の社会的サポートを受けていますが、一人暮らしの男性は社会的サポートを受ける機会が少なくなってしまうようです。

だれでも加齢に伴って認知機能は低下します。一人一人が必要な支援を受けるためには性別を考慮したアプローチが大切であり、特に一人暮らしの高齢男性の幸福感を上げるためにもその人たちのニーズにあった支援を検討する必要があると、津田研究員たちは述べています。電話相談など困り事を相談できる窓口、あるいは食事の準備や一緒に食事をする相手など、より生活に密着したサポートの中で、人とのつながりを育むような支援の仕組みが求められています。

##引用論文

Living Alone, Cognitive Function, and Well-Being of Japanese Older Men and Women: A Cross-Sectional Study
Shuji Tsuda et al. Health & Social Care in the Community 2023, Article ID 7183821.
https://doi.org/10.1155/2023/7183821

文/八倉巻 尚子(医療ライター)

##著者からのひとこと(津田修治研究員)

だれもが同等に幸福な生活を送るために社会的支援が行き渡ることが大切ですが、この研究を通して、特に一人暮らしの高齢男性に手厚いサポートが重要であることが明らかになりました。今後、彼らのニーズはどこにあるのか、そのニーズを満たすにはどのようなサポートが適しているのか、一つずつ追求していきたいと思います。

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