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ソーシャルインクルージョン研究のいま

高齢者が安心して穏やかな気持ちで生活するにはどのようなことが大切でしょうか。
ここでは「東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム」の研究から、高齢者について最新の話題を取り上げます。

今回は、軽度認知症のある人への支援状況について、津田修治研究員の研究をご紹介します。

軽度認知症のある人への支援は医師とケアマネジャーが手を組んで

認知症の人が住み慣れた地域で自分らしい生活を続けるには、ご本人や家族のニーズに合った支援が必要です。各地域で医療、介護、住まい、生活支援を提供できるしくみが整いつつありますが、認知症の程度によってニーズは変化し、またご本人の価値観や好みによっても求める支援は異なります。

以前の研究によれば、認知症と診断されてから、介護保険サービスを利用開始するまでに平均で17カ月かかっていたという報告があります(*1)。本人の状態が介護保険サービスを必要としない場合や、本人や家族が利用を希望しない場合などもあるでしょう。しかしサービス利用までの期間が長いほど、家族等の介護者の介護負担が高い傾向がありました。すみやかな支援にたどり着けない理由の1つは、診断後に支援を提供するかかりつけの医師とケアマネジャー(介護支援専門員)との連携が不十分だった可能性があるようです。

津田研究員らは、軽度認知症のある人への支援の実態を明らかにするため、都内の診療所に勤務する認知症サポート医(*2)を対象にアンケート調査を行いました。軽度認知症とは、認知症の症状が見られるものの、日常生活や社会生活は自立してできる人、あるいは日常生活に支障はあるものの、見守りがあればほぼ自立してできる人です。

調査票では、診療所の医師や看護師などの人数、軽度認知症患者の人数、診察時間等を尋ね、また連携の状況に関して、チーム構成や役割などを尋ねました。アンケートの有効回答数は187人でした。医師の専門は内科が70.6%と多く、精神科が11.2%、総合診療医が4.3%などでした。得られた回答から連携の状況は以下の3つのモデルに分類されました。医師主導の地域連携型が全体の46.4%、ケアマネ主導の地域連携型が32.8%、積極的な地域連携のない単独診療型が20.6%でした。

医師主導の地域連携型の特徴は、診療所に4人以上の専門職で構成されるチームがあり、チームでの意思決定は医師が責任を持っていること。診療所でケアカンファレンスを主催し、ケア決定の責任は診療所が担っていることです。また地域包括支援センターや居宅介護支援事業所との対面での連携もとっています。

ケアマネ主導の地域連携型は、ケアマネジャーが主に専門職チームの意思決定に責任を持ち、医師は医学的側面から情報を提供します。ケアカンファレンスは診療所以外で行われ、ケア決定の責任は主に地域包括支援センターや居宅介護支援事業所が担うという特徴があります。

単独診療型は、専門職チームはなく、ケア決定は医師が責任を担っています。地域包括支援センターとの連携はなく、診療所間の連携は紹介状による場合が多いという特徴があります。

支援の状況を7項目に分けて分析したところ、いずれのモデルでも認知機能や身体的健康の評価、治療・ケア計画の見直しは行われていましたが、情報提供や精神的健康、社会的健康の評価は行っていない診療所が多いことがわかりました(図)。


3つのモデルを比較すると、医師主導の地域連携型は、認知機能の評価が多く、治療計画の見直し、生活支援や介護の計画の見直しも多くなっています。家族などの介護者の健康状態の評価、患者への情報提供、家族などの介護者への情報提供、さらに社会参加や社会交流の評価、認知症カフェなど、単独診療型よりも支援の提供は有意に高いことが示されました。

ケアマネ主導の地域連携型は、他の2つのモデルの中間になっています。生活支援や介護の計画の見直し、介護者への情報提供は医師主導の地域連携型よりも有意に低かったのですが、介護者の健康状態の評価は単独診療型よりも有意に高いという結果でした。精神的健康については、3つのモデルに大きな違いは見られませんでした。


これらの結果から、診療所の8割は医師とケアマネジャーが連携しており、医師主導の地域連携型ケアマネ主導の地域連携型のどちらも、軽度認知症のある人に対する情報支援や社会的健康の支援などを含む、多様なニーズに対応しやすいとしています。一方、2割の診療所は地域連携を積極的に活用していないことから、今後、地域連携を利用した軽度認知症ケアへの参加を促すような制度改革が必要だと津田研究員は述べています。
 
精神的健康に関する支援は、地域連携があっても十分に提供されていませんでした。認知症の診断を受けると、不安になったり、診断を受容できなかったり、精神的な葛藤を起こしやすいことが知られています。精神的健康の支援ニーズに対応するためには、地域連携だけでは不十分なことがわかりましたので、例えば、認知症支援の領域に臨床心理士の参画を促すなどのしくみを新たに検討する必要があるようです。

      


                                              


【引用論文】
Collaborative Care Models of Primary Care Clinics for People with Early-Stage Dementia: A Cross-Sectional Survey of Primary Care Physicians in Japan
Shuji Tsuda et al. Int J Integr Care. 2024 Apr-Jun; 24(2): 21.

文/八倉巻 尚子(医療ライター)



【著者からのひとこと(津田修治研究員)】
診療所は薬を処方するだけでなく、認知症ケアのために、もっとできることがあるのではないかというのが、この研究の出発点でした。今回の調査で、認知症サポート医が関わる地域包括ケアシステムにおいて、診療所の医師と地域包括支援センターや居宅介護支援事業所などに所属するケアマネジャーの協働による軽度認知症患者への支援には2つの連携モデルがあることが明らかになりました。調査の結果を踏まえ、認知症のある人が自分らしく生活できるような支援プログラムを作っていきたいと考えています。


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