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#168 『破草鞋の公案』

本日は、茶道裏千家前家元15代の千玄室さんの「破草鞋の公案」についてのお話です。千玄室さんは、同志社大学卒業後、ハワイ大学修学、韓国・中央大學校大学院博士課程を修了し。1949年に大徳寺後藤瑞巌老師のもとで参禅得度します。

京都大学大学院特任教授・大阪大学大学院客員教授として、伝統芸術研究領域における指導に当たるほか、外務省参与(2019年3月31日まで)、ユネスコ親善大使、日本・国連親善大使、日本国際連合協会会長、日本オリンピック委員会名誉委員、日本会議代表委員、日本馬術連盟会長、京都サンガF.C.取締役などを務めています。

以下は2021年1月1日のインタビュー記事と、国連での活動についてのページです。

個人的には国連のページの以下の言葉が、仕事をしていく中でも重要な要素なのだと思いました。

「外国だから」「日本だから」と区別はしていません。外国だからこうしなければいけない、という気持ちだったら文化の交流はできないですよ。言葉や慣習が違うけど人間は人間ですから。考えることや、思うことはみんな一緒なのです。その接点を見つけ出す、それだけのことです。

「たとえ異質文化同士であってもお互いを認め合う事で、接点ができるのです」


今回のお話は、「破草鞋」という禅の公案について語られています。破れた草鞋のことを指していますが、これが一体どういう意味なのか。また、千玄室さんの生きる上で何を大切にするのかがわかる内容となっています。

"「一切皆苦」という釈尊の言葉がありますが、生きていると時には死んでしまいたいと思うようなこともあります。それでもこうして命をいただいて生かされていることに「ありがたいな」と感謝することが大事です。その感謝の上で、いま目の前のことに全身全霊を込めて打ち込んでいくことです。私も毎晩「きょうも生かさせていただいてありがとうございます」と神仏にお祈りすることを日課にしております。これをすることによって自分の歩みを進めていくことができるんです。"
"いまも私の後ろには多くの戦友たちの顔があります。この頃は毎晩のように出てきます。靖国神社に行っても「千よー」という声が聞こえてくる。しかし、そんな時、私の中でこういう思いも同時に込み上げてくるんです。「これまで元気に長生きできたのは、仲間が生かしてくれたのだ。仲間が自分の分も頼むぞと思って守ってくれた」と。私はそんな仲間の分まで頑張ろうと、これまで一瞬一瞬を精いっぱい生きてまいりました。"
"若い時、後藤瑞巖老師からいただいた「破草鞋」という禅の公案があります。破れ草鞋という意味なのですが、私はこの言葉を自分が履いた草鞋がボロボロになって裸足になったとしても、それに気がつかないくらい歩き続けなさいという意味で捉えていました。ところが、「それは答えになっていない」と。では何かと思ったら、「無」なのです。つまり、破れ草鞋そのものすらないという無の境地、これが一つの答えでした。人間は裸で生まれてきて裸で死んでいくじゃないですか。無になってしまえ。これが「破草鞋」の教えだったのです"
"だけど、人間はなかなか無にはなれません。無になれないとしても、命ある限り生き抜いて、自分の花を咲かせることはできます。「三冬枯木花」という禅の言葉があるんです。12月、1月、2月の3冬、この一番寒い季節に立つ枯れ木が花を咲かせる。「真冬の枯れ木に花なんか咲くはずがない」と思う人もいらっしゃるでしょうが、とんでもない。枯れ木であっても内に秘めたる力があれば花を咲かせることができるし、花を咲かせようとする精進努力を忘れるな。これが人間の生き方というものだと近頃思います。"


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書籍『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
2021/06/17『破草鞋の公案』
千玄室 茶道裏千家前家元
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※Photo by Kentaro Toma on Unsplash