「わたしの日常とあなたの非日常がまじわる未来のジャム」VOL.9(真鶴出版・川口瞬)|開催レポート
「高島のみなさんの日常は、ぼくにとっての非日常なんです」
この日のゲストは、川口 瞬(かわぐち しゅん)さん。東京から電車で1時間半ほどのアクセスにありながら、コミュニティの息づかいが聞こえる神奈川県真鶴町(まなづるまち)で、泊まれる出版社「真鶴出版」を営んでいます。
「高島をずっと訪ねてみたかったんです。未来のジャムにお誘いいただいたときは『あの高島だ』という感じでした」
そう話す川口さんのローカルへの入口は、高島を切り取った写真家・MOTOKOさんの展示でした。
高島はさらさら
川口さん、高島を自分の足で歩いた感想は?
「さらさらしています。針江の集落を歩くと至るところに水が流れていました。せわしなくないのがほんとうに魅力的だなと」
「湖って静かですね、海と全然違う。このしいんとした静けさって、高島の日常かもしれませんが、ぼくにとっては非日常。すごく新鮮に感じます。どう言葉に表したらいいのかな」
出版業や宿泊業をつうじて、川口さんが編集しているのもまた日常です。
歩くと、つながる
2015年、川口さんとパートナーの來住(きし)さんは移住先の真鶴で泊まれる出版社「真鶴出版」をはじめました。地元の人は「今から宿をはじめるのかい」と口を揃えたそう。それもそのはず、バブル期に建てられた町内の宿泊施設は廃業が続いていたのです。
そうしたなか、真鶴出版がめざしたのは、人と人がつながる宿でした。ゲストがチェックインを済ませると、來住さんの案内によるまち歩きがはじまります。
背戸道(せとみち)とよばれるぎゅっとつまった生活道路を歩いていると、たまたま出会った人と意気投合して、そのまま真鶴ピザ食堂ケニーでのランチがはじまる。
あるいは冨士食堂に行けば「今日、真鶴出版に泊まっています」が合言葉となって、おかずを一品おまけしていただくことも。
日が沈むと、真鶴の住民たちが夜な夜な集まる角打ち・草柳商店へ。
たまたま居合わせた漁師さんと盛り上がって「明日船乗ってみる?」と夜明けとともに出航したり、ひもの屋の店主や移住者たちとともに、丑三つ時までお酒を酌み交わす日もあったり。
「真鶴の日常は、訪れた人にとっての非日常なんです」
わたしの日常は、あなたの非日常
真鶴出版への宿泊をきっかけに、これまで28組が真鶴町へ移住しています。映像作家やデザイナー、イラストレーターといったなりわいを持つ人たちが協業して、このまちを自分たちでつくっていくようなプロジェクトも生まれつつある。
半島の岬にあたる真鶴は、江戸時代にはブリの漁場や採石場として栄えました。外から訪れた人が持ちこんだカルチャーが、地の文化とまじりあい、まちをひらいていったのは、昔も今も変わらないようです。
では、リゾート地として知られる熱海の隣にありながら、今日まで日常の風景が続くのはなぜでしょうか?その理由は、1993年制定のまちづくり条例「美の基準」にありました。
小さなドットをつくる
川口さんは、日本各地でまち宿を営む香川県の仏生山温泉を営む岡昇平さんや東京・谷中でHAGISOを営む宮崎さんたちとともに『日常』という本を年に一冊出版しています。
こちらは、Amazonや大手出版社といった“マス”を介さずに販売しているそう。「どうしてだろう?」と、会場のみんなが首を傾げていると。
「神戸市・塩屋や奈良県・東吉野村といった地域と地域が、東京を通さずにつながる。小さなドットがつながるイメージなんです」
そして、この日は高島という小さなドットも、真鶴とつながったようでした。
つながりは、距離を超えます。会場からは、いつにも増して、たくさんの問いが投げかけられます。
「宿って、一度泊まったら終わりだと思っていました。でも、真鶴出版は違う気がします」
すると、川口さん。
「これまでに6回泊まってくださった方もいます。旅って、“人”を訪ねると深まっていくんです」
また、こんな問いも。
「地域には、いろんな人がいますよね。『人口減少したってこのままの地域でいい』『移住者を受け入れなくたっていい』という地元の人もいませんか?」
それを受けて、川口さん。
「真鶴出版をはじめて間もないころから、親しくさせてもらっていた肉屋のおかあさんがいました。まち歩きで人を連れていくたび、不思議そうに聞かれたんです。『なんでこんなとこ来たの?』」
「おかあさんからすると、観光地でもなんでもないまちにわざわざ泊まりに来るのが不思議だったみたい。でも、毎日のように人を連れていくと『こういうまちが好きな人もいるんだね』と思ってもらえた。そのことが大事なんじゃないかな」
線引きやめよう、いっしょやん
川口さんのいう「小さなドット」は、どこも誰かの日常と誰かの非日常がまじわるところなんじゃないかな、と思いました。
ここ、TAKASHIMA BASEもまた、誰かの日常と誰かの非日常がまじわるところ。
最後に川口さんに問いを投げかけてみます。
川口さんだったら、今後のTAKASHIMA BASEをどんなところにしていきますか?
「ポリカの戸の”未”な感じ、いいですよね。うーん、カルチャーのある場ですかね。真鶴もそうですけど、トークイベントを開催しても地域の人は会議とかワークショップに慣れている人じゃないとなかなか来にくい」
「新しいことが起きてる場所かな?たとえばリソグラフ印刷機を置くとか、朝ごはんの会をひらくとか、写真や絵の展示をする。思いがけない出会いがあって何かはじまっていきそうな」
今日の未来のジャムを、“地元の人”はどう聞いていたんだろう。
晴れやかな表情で、ずっと違和感のあったことを話せたんです、と高島社協の八坂さん。
「高島育ちのわたしはずっと、地元とそうじゃない人という線引きをしている自分に違和感があったんです。ものすごい狭いところで見ると、新旭と近江高島だって違う。でも、もうやめようと思いました。いっしょやんと。この場にいると、みんながつながるから。ここを拠点にずっとつながっていきたいと思いました」
「明後日は、特別編の未来とジャム。テーマの『交歓』って、よろこびを交わす、互いに親しく関わり交わりあうという意味があるんですね。ジャムジャムしましょう!」
おまけ 3/15の日記
川口さんの話を聞いた翌朝のこと。布団から起き上がると「まちを歩くことって大事ですよね」という川口さんの言葉を思い出しました。ふだんは車で通りすぎる今津のまちを歩いてみることに。すると、ほんの100mを進む間にたくさんの出来事を見つけました。
泉慶寺さんでは水仙が咲いていて、市民会館では高校の卒業式がひらかれていて、魚友商店さんには湖魚のイサザが並んでいて。春があちこちに訪れていたのでした。
(文・写真=大越はじめ)
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