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謝るのはわたしの勝手。許すかどうかはあなたの勝手。

大人になると、余程のことでない限り、しでかしてしまったことは謝れば許されている気がします。
大体相手も大人だからね、謝られたら許しちゃうんですよね。心が広いというか、もはやそういう文化というか。

謝罪をしたのに許さないって、なんか心が狭いような気さえしてくる。許してあげなよ、相手も謝ってるじゃん、ってどこかから声が聞こえる気がしてくる。

でもね、わたしはずーっと思っているんです
謝られたことと許すことは、まったく別の問題なのでは、って。

***

むかし、「懺悔の部屋」がほしいなって思ってたときがありました。24時間懺悔を聞いてくれる神父さま付きで。笑
別に宗教的な意味はまったくなく。懺悔って「神様の前で自分の行いを告白することで赦しを得る」みたいなイメージがありますけど、無宗教のわたしからすると懺悔の本当の役割って「もう取り返しのつかない過去の後悔や失敗を自分の口から告白することで、自分の中の罪悪感を手放すこと」なんじゃないかな、って思うんです。
自分の中で握りしめていたその罪悪感を誰かに聞いてもらうことで、勝手にそれが手放されて楽になる。もはやそれが懺悔に対する”赦し”なんじゃないかなって思うんです。

自分だけで何かを背負うことって、それだけ自分を追い詰めるものなんですよね。手放さないと、頭の中がそれでいっぱいになっちゃって、脳みそのパフォーマンスも落ちるし、冷静な判断もできなくなるし。どんどん後悔が肥大化していく。

だから、後悔や反省を口にするという行為自体が、若干、自分のことを楽にしてくれるんですよね。脳みそも軽くなる。心も軽くなる。もしかしたら体も軽くなるかもしれない。

謝罪もおんなじです。
謝罪に至るってことは、なにかやっちゃったんですよね。しでかしちゃった、傷つけちゃった、迷惑をかけちゃった。
それに対して、自分が背負ったものを手放しているんです。ずっと謝罪しないよりも、謝罪しちゃったほうが、楽になりませんか? わたしなんか、もう光の速さで謝罪したくなります。罪悪感でいたたまれなくなっちゃうから。もうね、一刻も早く。
ほら、墓場まで黙っておけば相手を傷付けずに済むのに、ばれてもいない昔の浮気や不倫をわざわざ謝罪する人もいるくらいですし。

隠し事はよくない、とかじゃなくて。
そんな自分も含めて受け入れてほしくなっちゃっただけです。悪いことしちゃった自分すら分かち合って、受け入れてほしくなっちゃっただけです。
自分が、楽になりたくなっちゃっただけです。相手を傷付けたとしても。

謝罪する。それは本当に、相手に誠実でありたいからなのか。
それとも自分一人で罪悪感を背負うのに耐えきれなくて、謝罪しているのか。

それって、なかなか判断が難しいところのような気がします。

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それでね、本当に相手に誠実であるために、純粋に相手に申し訳ないと思うがゆえに出た謝罪ならば
「こんなに謝ってるんだから許してくれてもよくない?」
なんていう気持ちやセリフは、出てきません。
許してくれない相手が悪いかのような気持ちには、なりません。「こんなに謝ったって許してもらえないほどのことを、自分はしてしまったんだな」って思うしかありません。

相手と自分は違う人間だから、自分がしでかしてしまったことで相手をどれほど傷付けたのか、自分にはわからない。
だから「これくらいの謝罪でOKでしょ」なんていう自分の基準が相手に当てはまるとは限らない。大体の場合は当てはまらない。

謝るほどのことじゃないのに、って思っている場合もあれば、そんな謝罪が何の足しになるのだ、って思っている場合もある。
でも大体の場合、表面上、許されている。そうしなければならないような、謎の常識と文化があるから。

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でもね、無理に許さなくたっていいんです。他人のこと。
もちろん、すごく気持ちが伝わってきて、許したいなっていう気持ちになったら許せばいいんですけど。
許さないと逆上するような人は、本当に相手に対して誠実でありたいから謝罪しているんじゃないです。楽になりたくて、悪いことした自分も含めて受け入れてほしいという感情があるから逆上するんです。


そんな人のこと、別に許してあげなくたっていいです。笑

そしてね、許せないなって思ったら、距離と時間をとったらいいと思うんです。無理に許してもやもやが残って、そのあとの関係性がずっともやもやなままになるより、一度距離と時間をとるほうがいいです。無理に許して「あのときあの人はこんなことをした」ってずーっと根に持つよりは、いっそのこと許さないほうがいいです。
時間ってすごいから。だいたいのもの、自然とすっきり許せるようになっちゃうから。どのくらいの時間が必要かはそれぞれだけど。

逆の立場でもそう。
誠意を込めて謝ったつもりでも許してもらえなかったら、潔く罪をかぶったまま身を引く。謝罪する機会をくれたことに感謝して、後悔と反省を口にする機会をくれたことに感謝して、あとは悪者のまま身を引く。
いつかね、また何にもなかったかのように接してもらえる日がくる、かもしれないから。こないかもしれないけど。笑

***

他人を許さなければならないって思うと苦しいことでも、許さなくていいって思っただけで楽になることもあります。
それだけで半分、許せたようなものかもしれません。

だからね、謝罪するのはわたしの勝手。許すかどうかはあなたの勝手。

人間って、そのときの状況や気持ちによって、くっついたり離れたりして当然なんだと思う。無理にずっと近くにいる必要もないし、離れちゃったと嘆く必要もない。

たまには遠くから見ているだけの関係も、悪くないと思います。



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(ちなみに、24時間神父付き懺悔の部屋の件ですが、「三食昼寝付き月給20万ならやってもいい」って言ってくれた人がいました。丁重にお断りしました。笑)

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