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「あの時ああしていれば」は暇つぶし

先日、大学時代の同期と久々に会い、ものすごく楽しい時間を過ごして、幸福度が一気に上がりました!

当時よりもますます大人になった私と彼女は、目標にするものがあるという点で、似たような価値観を感じ、生産性の高い密な時間を過ごせたな〜と振り返ります。

そんな時間に、私は彼女に生産性のない話題を振ってしまいました。

「中高生まで時間を巻き戻せるなら、どういう進路にしたい?大学では何学部を選ぶ?」

結果として、この質問は今考えていること、今目指していることへの価値観につながり、最終的にはなかなか良い話題となりました。

が、私はこれを一人でよく考えてしまいます。それはないものねだりで、結局何にもつながらないのです。

私の患者さんにその話をすると、「暇なんだね。暇だから昔のこと考えるのよ。」と、ばっさり言われました。

なるほど、私は暇なのか……。いやまてまて、いつも時間がないと言ってるじゃないか!と納得したり考え直したりを繰り返し、現実逃避だという結論に達しました。

やることが多いし、理想通りに進まない。本当はああいう姿になりたい。という、現実とギャップを埋める理由を探してるんだな、と気づきました。

たしかに「あの時ああしていれば」は、結局考えても、求めても、"あの時"には辿り着けないし、"ああする"も起こらないのです。

過去という時間は、もう使えないのです。だから今をどう生きるかを考え、未来の自分が、「あの時ああしていれば」と思わなくなるような、今を作りたいものですね。

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