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誰かに見られて噂になったっていい。ーー秋の月、風の夜(31)

ショッピングモールをめざしてみることにした。額田(ぬかた)家から車で二十分ほどだ。
「クラスの子たちと、はちあわせたりしないかな」
「大丈夫だと思います。みんな行くとしたら、アップルピアのほう」
答えてから、ちょっとだけ奈々瀬はだまりこくった。

クラスの子たちと、はちあわせをしたっていい。むしろ、腕を組んで寄り添って歩くところを、誰かに見られて噂になったっていい。
どういうことだろう、投げやりなわけではないのに、そんな気分がわきあがってくる……

駐車場は、四割程度の入りだった。高橋は、奈々瀬と店舗案内表示まで歩いた。「カフェがいい?もっとおなかすいてる?」
「ん……どうしよう」
「雑貨かお洋服、見たい?何でもつきあうよ」
「……えっ……ええと……」奈々瀬はぎゅっと目をつむった。困った……
ふと、自分で選ぶのをやめてみようと思った。「あの、こんなとき高橋さん、女の人をどういうところへ連れていくんですか」

(おっ、挑みますね)と高橋は微笑した。
「そうだね。はじめてのところだと、まず一緒にお茶を飲みたいかな。飲食エリアで、人気があって接客がよくて、女性がうれしいのは、たぶんここかここ」カフェをふたつ指さす。

「わあ」奈々瀬が感嘆の声をあげる。「すごい……。おしゃれですてきで、飲物もパフェもいいなあって学校の友達と言ってたとこ。高いよねって、ファストフードに流れちゃったんです、そのときは」
「そうなるよね。ここ行ってみよう」高橋は歩き出した。
「待って」奈々瀬は高橋に声をかけた。
「なあに」

「……教えてください、たとえばここのお店とか、どうして選ばないんですか」細いゆび、小首をかしげた表情が、高橋にふりむけられる。
「フロアの何階かや端かまんなかかとか、どういうエリアに入れた店舗かの、立地がひとつ。そこはファミリーむけだね。女の子と一緒に行って、雰囲気やメニューの中身で喜んでもらえそうなお店は、たとえばここはメニューやサンプル写真はいいんだけど、店舗がくすんでいるのはわかるかな」
「くすんでいる……?」
「奥にある気配の違いみたいなものを、感じ取ろうとしてみて」

「……あっ……」

「奈々ちゃんは、僕の『春霞図』の奥にある意図がわかる。カワセミの絵がほかの絵とどう違うかもわかる。だから、そんなふうに感じ取ることができる。なんとなくイメージはつかめるかな」
「……たぶん、お料理作るトコがよごれていて、……お店の人、態度が……」
「感じ取り方が、上手だね」

高橋は「じゃあ、いこうか」と声をかけて、ゆっくりと再び歩き出した。奈々瀬は斜めうしろからついていく。

斜め前を、しゅっとした背広姿で堂々と歩く、あこがれのひと。いつもよく着るグレーで、チェンジポケットがついている。背を撫でてみたくなるような、背広の生地。靴も、おちついたもの。腕時計も、お金はあるのだろうに、高そうでないもの。大切にお金をためて、だいじなことには選んで使う、という生活態度がよくわかる……

あとからちょこちょこついていく歩幅が、やっと落ちついてきた。高橋が自分に、ペースを合わせてくれている様子が、とても心地いい。
いらっしゃいませ、と店員が声をかけてくれる。軽くいざなわれて店に入る。高橋と一緒に歩くだけで、あこがれたものに手が届いていくような、ふしぎな気分になる。


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!