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んだぁこのアイサツは!?ーー秋の月、風の夜(19)

「おーい?お友達の作家のおっさんだよなあー?んだぁこのアイサツは!」と、リーダーらしいのが大声を発した。
認識票のアクセサリーやら、鼻ピアスやら、うんざりするような飾りがついている、ちょんちょんしたあごひげ。
さっきの電話はこの男だ。単なる仲介と言いながら、実質やはり、いかついのを十数人連れてきたのは、こいつだ。

全員が立って囲むが、かなり遠巻きだ。キレのある動きで五人目の始末にかかっている四郎に対して、囲みを詰めあぐねるばかりだ。

半分酒盛りになっていたのが、今の騒ぎで蹴っ散らかり、そこの床だけが倒したビールで濡れていく。

和臣先生は道場のかど端、見取席(みとりせき)に詰められ、正座でぎゅうっと縮こまっていた。高橋は確実に映像が捉えるよう、カメラをゆっくりと左壁から右壁に回した。
和臣先生は、何度か殴られたようすだ。すぐに、わさわさ立っている連中の影になってしまい、再びようすがわからなくなった。その経過も、確実に録画されている。

「こんにちは」四郎が、あごひげの男に声をかけた。
「金はどうした」とまでは言えたそいつが、四郎にまっすぐ見られて黙った。得体の知れない恐怖につかまれて、いきなり目をそらす。
かろうじて動くことはできる。すくんで蒼白になったりはしない。

(こわがらせないようにしている)高橋はそれに気づいて、さらにゾッとした。

(奥の人)高橋は録画を回したまま、「奥の人」に呼びかけた。(全員やるつもりか)

その気になれば、二十五-六人ぐらい凍りつかせる「奥の人」だ。わざと、あごひげの男が動けるように、奥で眠ったようにしている。
わざとらしく自分の威圧感と迫力を引っこめ、おとなしそうに四郎を装わせているのだ。

――遊ばせろ、ええおもちゃや

「奥の人」は底意地の悪そうな笑いをうかべた。

ひとりが手近な竹刀を持ったまま立ち、景気づけにか片手のビール缶をあおった。ストーンウォッシュのジーンズに、じゃらっとしたチェーンをつけている。缶を四郎に投げざま、竹刀を右上段からふりかぶって打った。

四郎は缶にも当たらず竹刀を手で払い返して、相手の腰に入り投げ飛ばす。どうっ、と男が床に投げ出され、ジャっと大きな音で、チェーンが鳴った。

あさっての方向で、缶が床に落ちる音がした。

並んだ数人に、半分背を向けた投げの格好そのまま、四郎は近いひとりのみぞおちに左ひじを突き込み、前折れた相手の鼻っ柱を後頭部で強打する。右に転身しながら、八人目の首に右手をかけ腰投げおとしにした。

それまでひとりずつがみすみす各個撃破されてしまっていたところ、やっと四-五人が束でかかろうとする。

そのうちの一人が振りかぶってきた竹刀を、左手で端持ち、四郎が振りぬいた。相手の手にあったはずの竹刀が、そのまま四郎の手に残り、持ち主は入り身で倒され、床にたたきつけられた。次の一本の柄先十センチを四郎は斜めに叩きおとす。竹刀が派手な音とともに、床をすっとんでいく。から手になった持ち主は、体を崩したまま柄でみぞおちを突かれて身を折った。

さらに次の茶髪の裏に入り、四郎は左手に竹刀を持ったなり、入り身投げをかけた。相手の首筋に手を添えて、頭を右手で床に叩きつける。冗談みたいなバスケットボールにみえる。


前の段:後頭部から床に叩き落とす。ーー秋の月、風の夜(18)へ
次の段:ネクタイを巻いた掌底を鼻っ柱へ。--秋の月、風の夜(20)へ

マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!