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明日のデートがうまく行くとは思えない夜。ーー秋の月、風の夜(54)

「少なくともこれは安全。僕が、あまりにも物足りないなあって思うレベルだから。しかも顔は似てないけど、髪形と上半身の体つきは、ちょっと奈々ちゃん似。えーと、前ふりはすっとばす。佳境はここらから」

四郎は、返事もできずに、まじまじと高橋を見た。高橋は、そっとたずねた。
「……すっぱい?」
「……すっぱい……」四郎は目をつむった。

「まあ刺激は強いだろうから、流しつつ、明日のキスの段取りでも考えたまえ! 明日僕は運転手に徹するからな。後ろの席でいちゃついてOKだ! なしとげたまえ!」

相当な覚悟の上だろう、高橋は珍しく、クォーテーションつきの発語をいっぱい残してシャワールームに消えた。

あとには、タブレットと、濡れ髪にバスタオルをかぶった四郎とが残された。
困った。

画面の中では、色の白い、なだらかなうなじの本当にかわいい女の子が、きめの細かい肌をさらしている。
十八歳よりは明らかに年上の、まさにご先祖さまたちの、エサどまんなか。
長いくびもと……

くびもと   ……

コンテンツが安全……と、高橋は吟味をしてくれた。おとなしい愛し合い方の動画。
けれども、四郎の内側でふつふつとめくれあがって、しゃーしゃーわきあがってくるご先祖さまたちは、勝手に舌なめずりをして、ひゃっひゃっ、びちゃびちゃ、ずるずる、べちゃっ……と、音をたて奇声を発しはじめる。
エサー……。エサー……。こういうのがほしいいいいいいい!ころさせろーーー!!!血がほしいいいいーーーー!!エサーああああ。

四郎はそっと、動画の再生を止めた。
画面を閉じ、タブレットをシャットダウンし、電源がオフになるのを確かめて、ていねいに机の上に戻した。
胸と腹のあたりを撫でた。小さい声で、ささやくように話しかけた。

「ごせんぞさまんら、ごめんな、ようご供養せしと、執着ほどいてやれしと、ごめんな。
もう今の時代は、人ころいたらあかん時代やてって、わかってくれやへん? ご先祖さまんらが、あれこれしたいのと同じように、女の人も、生きて、恋したり仕事したり、大事な人と暮らしたり、家族作ったり、好きなことしたりしたいやん。
わかるか、ひとのそういう居場所や、そういう明日を勝手に終わらしたらあかんこと、わかるか」

わかりたくない! エサを殺してなにがわるい! そんな、ぐつぐつと地獄の釜が煮えたぎるような怒気がわきあがってくる。

自分も説得や調整をやめて、かたくなにこの人たちのせいにしたい。人のせいにしたい、状況のせいにしたい。高橋に「あかん、やっぱり俺もお手上げや」と敗北宣言をして、ずるずると地獄へ滑り落ちて眠ってしまいたい。

四郎は黙って目を閉じて、胸と腹のあたりを撫でた。そしてすとんと、ベッドに倒れ込んだ。



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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!