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自由研究ーー夏休みの思い出からーー


今日は、弟くんの自由研究の記録を。

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記憶というのは、アウトプットして「記録」に変えておかないと、すぐに事実からねじ曲がって、はるか遠くへ行ってしまう。
そもそも、脳の記憶のしくみが「物語記憶」であって、事実を体感覚からインプットして、解釈や価値観やそれに伴う感情をつけて保存し、いくたびか咀嚼する中で付帯解釈・価値観・感情を塗り替えていく有機システムだからだ。

--芥川の『藪の中』は、とにかく正しい。
有機システムの受容数だけエピソードが発生する。つまり厳密な事実は存在し得ない。--

7月に親父が死んだ。骨髄移植関連の情報を一切SNSに出せないという公表縛りも、以前から条件としていた。その二つがあいまって、この数か月「苦労して何かを書くべく推敲と作業を繰り返すより、書かないで日々をスルーするほうが楽」という世界に、僕はいた。

「親戚を手助けに来て、実の親の死に目、通夜、葬式、法事すべてに立ち合い損ねる」という体験は、ちょっとレアすぎて僕には荷が重かった。

ただでさえ助けの必要なタイプである母を放置する、それも無自覚に「そんなに大変だとは思わなかった」みたいな想像力のないバカっぽい感じで放置したのではなくて、手に取るように母がなにを大変がってどういう状態でパニックになりどういうときにブチ切れどのように周りにいい顔をしつづけようとして苦しむかを知っていて放置する、という罪悪感まみれプレイ的なある種の拷問を通り抜けた。「大丈夫?」って電話ができなかったのだ。僕の心が、連絡をするほうも、連絡を絶つほうも、どっちも耐え難いのだった。パパさんと子供さんたちのほうをとって、僕は鬼になることに決めた。

それは、なかなか深いダメージを僕に与えた。

そんな日を通り抜けて、やっぱり書くことで空気を吸えるのは気持ちいい。

読んでくださるあなたがいなければ、この文章は世界のなかに存在し得ない。誰にも目の触れぬ閉じた文字として眠っていて、あなたが読んで有機システムの入力装置を通し、ご自身のなかでインプットアウトプット回路にこれをめぐらせ、いくばくかの反発や養分やアウフヘーベンの材料としてくださることで、僕はようやく呼吸ができる。

ありがとう。

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弟くんは、昨年一昨年と昆虫系(クワガタ、セミ等)の捕獲数捕獲場所……的な男の子らしーーい自由研究をしていた。近くにボランティアの皆さんが整備してくれている保護林の遊び場があって、まさに昆虫王国なのだ。

今年は、去年50匹近くを捕獲して→調べて→記録をつけて→放す、というプロセスをひそかに手伝った大人の手がない。

「じゃあなにやる?インターネット調べてみる?」

「うーん、なんか調べて面白そうな研究あるかどうかみてみる」

「あれ手軽なんだけどなー、果物の変色調べ」どうにも飲食回りなのでスイマセン。

「え、なにそれ、バナナ房で食べてもいいの?」急に弟くんがくいついてきた。どうやら弟くんは、2歳か3歳のときにバナナを一日3本食べていて、「バナナイーター」と呼ばれていたらしい。すげえな。

「バナナ、リンゴ、ももが3大変色果物だろ。さほど変色しないのが梨。あとブドウとみかんは対照群にすごくいいな、色が変わるのと変わらないのとを比較する必要があるからさ。果物は研究目的だから、買えるだけ買ってやる」

「うわっほーい!!!!」

すいませんね、親父が死んだ直後、僕もへとへとになっちゃって、君たちにろくなもん食わせてなかったのは自覚してます(納豆めしとか流水麺とか)

「実験の材料はそんな感じな。で、何で変色を止めるか、という話があって、ペットボトルのお茶の酸化防止剤入りのやつでも、ジュースでも、ポッカレモンをうすめた水でも、砂糖水でも、塩水でも、とにかく酸化を止める水溶液ならなんでも変色が止まるんだよ。あと対照群として、”なにもしないで放置”というのを置いとくな。こうやって、表のタテヨコがなんとなくイメージわくか?」

「ぜんぜんわかない」

「じゃあ図で書いてやるな……」

弟くんは普段、台所から逃げ出しがちなお姉ちゃんよりも、お父さんにコーヒーを入れてあげるとかのちょこまかした台所しごとをしていたらしい。

水溶液に、カレーパウダーとインスタントコーヒーを追加してきた。

自由研究が、ほんとに自由で、よかった。

僕たちは、カレー水やインスタントコーヒー水をつけたあと放置した果物を「なんかおいしくなーい」と言いながら、めいっぱい食べたんだ。

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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!