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【書評】『AIの時代と法』

本日は最近読んだ本をご紹介します。

『AIの時代と法』
著者 小塚 壮一郎

手に取ったきっかけ

知財、技術経営、科学技術政策について学ぶ中で、技術の発展に対して法律が追いついていないのではないかという疑問がありました。特に自分と関わりのある情報通信の分野において、急速な技術の発展がある中で、法がどのように変化していくのか、その全体像を知りたいと思ったので本書を手に取りました。

本書の概要

本書では、「法が技術に追いつけていない」という指摘を「法が社会の変革に追いつけていない」という問題に読み替え、テクノロジーの進化がどのような社会の変化をもたらしているのか、そのような社会の変化が現在の法的な枠組みでは十分に受け止められていない問題を発生させているのではないか、を考えようとしています。

本書において、テクノロジーの進化が経済活動に対して与えている変化は、少なくても3つあることを指摘しています。
・経済活動の重点がモノからサービスへと移行していくという変化(取引の形態の変化)
・経済取引の対象として、財物の比重が下がり、データの重要性が増大していくという変化(取引の対象の変化)
・取引のルールが法に基づく契約から技術的な仕組みによって決まってしまうという変化(取引のルールの変化)

これらの変化は、経済活動の担い手である企業のあり方を変え、そして企業と法を執行する国家の関係についても影響を与えている。本書では、この3つの変化についてそれぞれテクノロジーの進化とそれによって法律的な問題に記載されています。

本書の目次と各目次の概要

第1章(デジタル技術に揺らぐ法)
:経済活動で起こっている変化が起こってくる背景
第2章(AIとシェアリング・エコノミー ー利用者と消費者の間ー)
:取引の形態の変化とそれによる法への影響
第3章(情報法の時代 ー「新時代の石油」をめぐってー)
:取引の対象の変化とそれによる法への影響
第4章(法と契約と技術 ー何が個人を守るのかー)
:取引のルールの変化とそれによる法への影響
第5章(国家権力対プラットフォーム)
:国家と社会の関係を規律する法に対してこれらの変化がもたらす影響
第6章(法の前提と限界)
:上記の分野すべてに横断的にかかわる法の基礎的な問題の掘り下げ

本書では上記の3つの変化とそれらによる法への影響について説明した後、
なぜ、これらの変化が法によって大きな変化なのか第6章にて記述しています。

第2章から第5章まではAIスピーカー、ブロックチェーン等の各技術の発展に関する法律的な問題が記載されています。この各個別の事案については本書を読んでいただくとして、本投稿では、それらの事案を横断的に見たときに今の法の限界について触れられている第6章について取り上げます。

第6章 法の前提と限界

現在、日本で適用されている法律は明治時代に取り入れた西洋近代法をベースとしています。
その中でも民事法分野の西洋近代法は、ナポレオン時代に編纂されたフランス民法典をモデルとしています。このフランス民法典の歴史的な起源はローマ法にあります。このため、西洋近代法は古代ローマに遡る西洋の歴史的な社会の構造原理が存在しています。この西洋近代法がもつ社会の構造原理とは、「権利」と「義務」が人の間の相互関係を形成するというものです。
人と人との関係を「権利」と「義務」によって、表現するという点が西洋における法の特徴となります。
特にフランス民法典ではフランス革命の結果、身分社会から解放された個人を単位に法が組み立てられています。ここでいう個人は、自分自身の利害や置かれた状況を十分に把握し、自分の判断に基づいて行動を選択する「自立的な個人」を意味しています。

つまり、今の日本の民事法についても「自立的な個人」の間における「権利」と「義務」を前提としていることになります。

しかしながら、AIやその他のデジタル化技術は、人間の自立的な判断の部分を、データにもとづく機械の判断に置き換えていくことを特徴としています。デジタル技術の側からみれば、個人の意思と判断に常に立ち戻ることを要求する「法」の体系は、「サイズの合わない既製服」となります。

では、そのような状況にあって、社会を規律するために何が重要になっていくのか。

著者は会社法の専門家の立場からコーポレートガバナンスを例に、日本には西洋近代法がもつ社会の構造原理が異質なものがあるとしています。
日本の伝統的なコーポレートガバナンスでは、株主利益だけでなく、それ以外のステークホルダーの利益に対しても配慮してきました。そしてこのステークホルダーへの配慮にあっては、丁寧な説明によって納得してもらうことが必要であると考えられてきました。

このような、「様々なステークホルダーの立場に注意を払い、人々が技術を受け入れやすい前提を作っていくというガバナンス」は、プラットフォームと国家権力という2つの力のはざまにいる一般の人々にとって、大きなプラスの効果があるのではないか。そして、そのような「倫理」の確立には、輸入した法の体系と現実社会のズレを常に意識し、そのズレを埋めようとしてきた日本が大きな役割を果たすのではないかということが主張されています。

興味のある方は、一読して頂ければと思います。

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