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【紹介】フィルタについて2

小説「フィルタ」について、の続き。

元々私はパッケージソフト会社で、企業向けの業務ソフトを作っていた。
「フィルタ」が舞台の会社に入社したときには、同じコンピュータ会社にもかかわらず、業務パッケージメーカーと、小説「フィルタ」の会社との人種の違いに驚いた。
あえて「人種」と書いたが、まさに人種と呼ぶにふさわしいような、人間の性質の違いが、歴然と存在した。

業務パッケージメーカーの人間は、開発といえど、まともな社会人。
簿記の知識も必要だし、なにより業務で使うソフトなので、特別な技術が必要と言うより、ユーザーが望むのはどういうものか、というのを考えなければいけない。ユーザーの気持ちになって仕様を決めるので、ある程度常識的な人間であることが求められる。

ところが「フィルタ」の会社に入って驚いた。ほぼ全員が完全にオタクの集団なのだ。毎日遅刻は当たり前(午後出社という強者も)。一カ月ほど姿を現さない社員もいた。技術力が必要になる会社なので、業務パッケージメーカーに求められがちな「ヒューマンスキル」は必要ないのだろう。それにしても、一般の会社ではとうてい勤まらない(と思われる)ような人間ばかりだった。

自分が入社して一カ月くらい経った頃、見知らぬ人間が「赤星さんですよね」と声をかけてきた。聞けば、一カ月ほど休んでいたそう。
普通の神経を持った人間なら、会社を一カ月も休めば、皆に申し訳ないと思う気持ちや、気後れして遠慮がちになるものだが、その彼は違っていた。
仮に彼をZ君とする。
Z君は一カ月のブランクを感じさせないほど、てきぱきと仕事をして、ずっと会社に来ていたメンバーにあれこれと指図をしていた。
彼がプロジェクトリーダーだと聞いてさらに驚いた。なんでも一カ月前の製品の出荷の追い込みで会社に泊まり込みで仕事をして、無事出荷の運びとなったので、ぶっ倒れて一カ月休んでいたそう。
いろいろツッコミどころが多くて、ツッコむ気力をなくしたことをよく覚えている。
Z君はメチャメチャ仕事もできた。頭もずば抜けてよかった。IQもかなり高いと思う。一を聞いて十を知る感じだった。

十歳以上年下だったが、Z君とは馬が合った。
なによりも頭がよかったので、話していて楽しかった。
しかし彼は開発部の人間からは煙たがられていた。なぜかと言うと、物事をはっきり言うからである。

例えば会議をしていて、他部署の話題になったとき、「それは開発(プログラミング)の時間がかかります」ってなことを担当者が言ったとする。
するとZ君は「なんで時間がかかるんですか? 〇〇すれば簡単でしょ」と身も蓋もないようなことを言うのだ。
言われたほうは、馬糞を踏んづけたような顔をするが、彼に反論しても十倍返しで反論されるのがわかっているので、なにも言えない。
Z君の場合、自分に対しても厳しい人間で、自分でも言ったことは必ずやり遂げるので、ますます説得力があった(一カ月休んで、自分に厳しいのかというツッコミはさておき)。

Z君の毒舌は当然ながら私にも向けられた。
「赤星さんは、〇〇が弱点ですね(ぐぬぬ、言われたくないことを……)」
「赤星さんはまだましな方ですよ(ましな方たぁ、なんだ?)」
「赤星さんのあの小説読みましたけど、あれは賞は無理でしょうね(新作の長編なのに)」
そのたびに、大人の対応で怒らないようにしていたのだが、あとから思い出して、腹が立って仕方がないということは、たくさんあった。

ただ、純粋で性格のよい人間だったので、怒りは翌日まで残らなかった。
あの会社で一番話した同僚は、もしかしたらZ君ではないだろうか。

私からすれば、Z君は、あの会社の中では「まだましな方」で、さらなるツワモノがいたことを、ここに明記しておこう。

ただしツワモノといっても、彼のようにプラスでもマイナスでもツワモノではなく、たいていはマイナス方向にずば抜けたツワモノだったが。


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