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スタートアップCOOの3年間でやったこと

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〜10月20日 08:30

私がノインに移ってこの3月で3年が経ちました。わたわた動いていたらあっという間だったというのが実感です。そんなこんなの中で最近、シリーズCの資金調達についてのリリースを出しましたが、一定の区切りがついたのでこの3年で何をやったのか振り返ってみようと思います。

会社として何をやってきたのかみたいなところはこれまでも発信していますが、No.2のCOOが何をしているのかという点について実はノイン社員でもよく知らない可能性があるので一部社内向けな部分も含めて書いてみようと思います。

ノインに入った経緯について

Gunosyでスタートアップを知る

私は前職は東証一部上場企業のGunosyで執行役員をしていました。Gunosyに入る前は新卒で電通に勤めていました。私のGunosyでの社員番号は24番と割と早いタイミングのメンバーです。人数は急拡大していたタイミングなので私の入社より前の半年でも10名くらい入社していますし、私の入社後の半年ではそれ以上入社しています。スタートアップの方なら理解できると思いますが、制度や風土などはGunosyも例に漏れずめちゃくちゃでした。それでも事業は爆発的に成長していて楽しかったです。

私が入ったタイミングは一発目のTVCMを実施するタイミングです。現会長の木村さんはサークルの先輩(初代が木村さんの代で私は6代目の代表)で、後輩が電通にいるっぽいということで呼んでもらったのがきっかけです。

木村さんと席を並べて(正確には隣の隣)いたのは1年にも満たない間でしたが、強烈な印象が残っています。今日(2022年3月)時点で私の年齢は37歳。木村さんがGunosyを上場前に一時離れたときとほぼ同じです。詳細は書きませんが、今37歳の私が彼の立場だったとして、あの判断ができたかというと多分無理です。木村さん本人に言ったことはないですが、木村さんの意思決定を間近で見ていたことはスタートアップ経営に参画したいと思うようになったきっかけでもあります。

Gunosyの爆発的スピード上場

「千葉くんのキャリア的にも(おれが)絶対プラスにするから来なよ」

実はこれが私が入社を決めた一言でした。たぶん本人はあまり意識していないと思いますが、自分で未来を変えてやるという強い信念というか意思みたいなものを強烈に感じたのを覚えています。

Gunosyについて、「思い切ったマーケティング投下がうまくいったので上場できた」というのが外からの見方だと思いますが、実際は違います。未熟な状態のプロダクトをむちゃくちゃなスピードで改善を重ねながら素晴らしいプロダクトに変え、大失敗しかけたマーケティングを無理矢理うまくいかせて上場したというのが正しいと私は理解しています。プロダクトもマーケも不十分な状態をみんなで無理矢理うまくいかせたという感覚です。

事業がうまくいくかどうかは人で決まる

事業について強く思うのですが、事業がうまくいくかどうかは何をやるかよりも誰がやるかのほうが大きいと思います。いい事業領域を選択したとしても人がクソなら絶対にうまくいきません。逆にイマイチな領域だったとしてもいい人を集めて必死にやれば割とうまくいきます。

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