ミランダ・ジュライ「最初の悪い男」

43歳独身のシェリルは職場の年上男に片思いしながら、孤独な箱庭的小宇宙からなる快適生活を謳歌。9歳のときに出会い生き別れとなった運命の赤ん坊、クベルコ・ボンディとの再会を夢見る妄想がちな日々は、上司の娘が転がり込んできたことにより一変。衛生観念ゼロ、美人で巨乳で足の臭い20歳のクリーだ。水と油のふたりの共同生活が臨界点をむかえたときーー。幾重にもからみあった人々の網の目がこの世に紡ぎ出した奇跡。ミランダ・ジュライ、待望の初長編。
(以上、カバー折り返しより)

   * * *

あまりにも久しぶりに読書感想文を書くから前回のミランダ・ジュライの読書感想文を読み返しに行ったわ、「いちばんここに似合う人」。
2016年に読んでたのね。あれから8年も経ってるとは、隔世の感が半端ない。
正直、こまかいところは忘れてしまった。
ただ奇人列伝だったことは鮮烈に覚えている。
妙に気立てのいい奇人たちが出てくる心地よい短編集だったから、著者の他作品も読んでみたいとずっと思ってたんだよね。

そして8年の歳月を経て本懐を遂げたはこの「最初の悪い男」だが。
相変わらずキレッキレの変人が物語の主人公だ。
なんでこうも毎回おかしい人ばかり書けるんだろうか。
著者の本質がこれと思って差し支えないんだろうか。

さておき。
主役のシェリルはひと昔前の言葉を借りて称するなら「喪女」かな(この単語いまでも通用するのかな、個性や多様性が完全に肯定されてる現在はもうとんと聞かなくなった気がする)。43歳、オールドミス(これももういまどき流行らない死語だな)。
こいつがまたなかなかこじらせている。
赤ん坊とすれ違う度に心で語りかけては運命の生き別れかどうか選別の交流を繰り返す。
長らく患う精神不安の解消にカラーセラピーに傾倒し熱心に通院する。
片思い相手の65歳男性との甘いひとときを断続的に夢想する。
町をちょっと歩くだけでも、なんの変哲もない風景だって彼女の視点を借りればたちまちにしてシュールで饒舌な姿を露わにする。生々しい人間性をむき出しにした世界が広がっていく。使ったフライパンを洗わないで使い回し続ける、それに彼女なりの正当な理由がついてるのも地味にポイント高いね。
良く言えばサイコなアメリ?

でもちゃんと仕事してるし、なんなら出世もするし。自身の病気とうまいこと付き合ってるし。上司の問題娘を預かってやるし。そいつがまたすごいむかつく暴力的な小娘なのに追い出さない。
シェリル、めちゃくちゃ人間ができている。
その後ちょっと波乱があって小娘と友情を育んだかと思ったら恋愛沙汰にまで発展するけど、最初から最後までパブリックは超越した人格者。
最初は痛アメリおばの印象を抱いたものだが、彼女の崇高な精神に気づくまでの道中がまた一筋縄ではいかない賑やかな道のりなのだ。

片思いしてるおじさんからはキッモい相談事を寄越されるし、小娘だって最初は別の同僚のとこに居たのに、後日白羽の矢が立つかたちで押しつけられてる。紆余曲折を経て小娘とはちょっと友情を築いたように見えたけどその実裏ではやっぱりシェリルのことばかにしてやがるし。「ちゃんと片付けるから」って約束でパーティの場所貸ししたのに小娘もその友人も結局無惨に散らかしっぱなし。舐めてやがる。小娘の両親は生まれた孫を引き取る素振りも見せずに普通にシェリルに育てさす気満々だし。プロ意識の足りないセラピーの医師も自爆してプライベートを晒した挙句羞恥心に耐えかねて診療拒否してくるし。

正直周りの奴らは優しさがないぶんシェリルよりイカれてる。傍から見てるとシェリルの優しさを搾取してると思う。たぶん、否、結構ばかにしてると思う。
でもシェリルは自分をポジティブに肯定するし、周囲のことも決して否定しない。前向きに、建設的に対話する。
小娘をきちんと送り出し、彼女の生んだ子供を引き取り、途中険悪だった小娘の親ともうまく関係を修復する。勝手に出入りしてくるホームレスとも小娘の友人ともなんだかんだいいながら良好な関係を築く。

読み終わってみればこれ以上なくちゃんとした大人なんですよ。気高く美しい生きざまに賛辞を送らずにはいられないくらい完璧。こじらせオールドミスなんて呼んで悪かった。読み終える頃には彼女の奇人ムーブも(その人んち特有のルールに則ってるだけだよね~)くらいにしか感じなくなってくるから著者の筆力がすごい。

一方自分はシェリルほど奇人してないにもかかわらず(たぶん)、彼女の毛ほども人間ができてなくて凹むよね。
こんなふうにありたい気持ちをかつては持ってた気がしたけど、経年消耗ですっかりどっかにいってしまった。そんなことも忘れていた。
大事なことを思い出させてくれるから、やっぱり読書って大切。
これからは心のなかにシェリルを住まわせるわ。
などと言い条、日々職場の上司の死を希う自分はまあ彼女の足元に及ぶべくもなく…早く転職できますように。

シェリルの鮮やかな色眼鏡を通して見る世界があまりにも極彩色で全然退屈なんかしない。
人が一人も死なないのに最初から最後まで面白い、稀な良書だ。
さすがクレストブックスは伊達じゃない。

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