アントワーヌ・ローラン「赤いモレスキンの女」

本とか図書館とかがきっかけでお話が始まり出すとわくわくしてくるこの感覚、本が好きな人ならわかるよね(なんでだろうね)?
ここに出てくるのは手帳なんだけども、誰かの紡いだ物語が書いてあったりするのかな~って思い込んで手に取ってみた。
結論から言うと手帳の中身はただの個人的な感想の断片の書きつけに過ぎなかった。
けど、それでも人のプライバシーにこっそり触れる愉悦、ほのかな背徳感。それはそれで心地良い。
「拾得物を届けるため」という大義名分があるにせよ、ローランと一緒に後ろめたさを覚えながらパリの片隅で持ち主を探すささやかな冒険は、ロマンチックな場面の連続でまるで夢の中にいるみたいだった。

   * * *

パリの書店主ローランはある朝、道端で女物のバッグを拾った。中身はパトリック・モディアノのサイン本と香水瓶、クリーニング屋の伝票、そして不思議な文章が綴られた赤い手帳。〈私は人物の登場しない風景画が好き〉〈私は乗客でいっぱいのメトロに乗るのが怖い〉。男は女が書き連ねる心象世界に魅せられ、わずかな手がかりを頼りに落とし主を探し始めるのだが……。英国王室カミラ夫人がコロナ禍での孤独を癒す本として絶賛した、パリを舞台にした洒脱な大人のおとぎ話、第二弾。(以上、カバー折り返しより)

連なるエピソード群のどこを切り取ってもオッシャレ~~~な一冊。
日本よこれがフランスだと言わんばかりのハイソの塊。
我が国でこの手の本が出たらそれはそれはもう鼻につくトレンディドラマになること間違いない。
なのにフランスさんがやると許されちゃうんですよ。西洋文化信仰に罹っているというのか、この私が?否罹ってるけども。
かつては国民総出で糞尿を路上に撒き散らし、現在だってストライキで深刻なゴミ溜めが報道される国ってもう知ってるのに、なぜこんなオシャレバイアスがかの国にはかかり続けているのか。不思議だ。

そう、どこを切り取っても映画みたいにスタイリッシュなんですよ。
持ち主がバッグを失くす深夜のパリ。
検めたバッグから出てくる魅力的な小物たち。
ローランと娘の会話。
同じ地球に住まう同じ人類とは思えない。
月の住人とかじゃないのこの人たち?
特にユーモアに満ちていて素敵だったのは、ローランがたどり着いたバッグの持ち主の家で、留守番をしていた持ち主の知人との会話。
お互い微妙な立場なので距離感を測りつつ緊張感ある会話を交わし、且つストーリーがごく自然に前進する筆力よ。
あのシーンでこの本のこと一気に大好きになってしまったわ。

二人が邂逅を果たした後の、エピローグもまた良し。
ローランの娘や留守番の知人、娘の学校の先生、物語に彩を添えた登場人物たちの日常をほんのちょっとずつ描写して、いちばんラストは愛を育み始めたばかりのローランとバッグの持ち主のシーンで終わる。
すべてを内包して今日も変わらずたたずむ大都市パリ、っていう対比がまさしくささやかだけど上質な大人のおとぎ話たる所以。
これは映像で見たらめちゃくちゃ素敵だろうなぁ。



ところでいま気が付いたけど主人公の名前と著者の名字がかぶってるって、恋愛小説でやるテクニックとしてはなかなか尖ってるなと。


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