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臭い物に蓋したら余計に悪臭漂わすぞ、東京!日本!

仏教で悪というのは、傷つけ合うこと、苦しめ合うこと、迷いを増長することを悪と名づけます。

            一楽 真


結論は、自らが、傷つき、苦しみ、迷う、そこに行き着くこと。

身勝手、手前勝手、そんなふうに思われる人もいるようだが、最終的には全て自分自身の問題として受け止められるか否か。

そうでないと、似非でしかない。

他者を傷つけ、苦境に貶め、迷わせることは、自らが傷つき、苦しみ、迷うことに繋がるという当たり前をちゃんと認識しておきましょう、ってことかな。

でもね、それを止められるかというと、自分ではどうにもならなかったりもするし、普通に、その時代の、その場所の、法律的、道徳的、社会的にはなんら外れたことをしていなかったとしても、たとえ他者から慕われ、人間的に尊敬され、好かれるような人間であろうとも、人間である以上は、当たり前に、迷惑を掛け合い、傷つけ合い、相身互いに苦しんでいかねばならない。

だから、敢えて、他者を傷つけるような、苦しめるような言動はする必要はない。

もうしてるし。

迷惑は必ず掛けるし、迷惑は必ずする。
どんな気の合う、大切な人と一緒であろうが。

だから、迷惑掛けずに生きたい、死後迷惑を掛けたくない、そんな傲慢な考え方は控えるべきだろう。
迷惑掛けずにおられると思う浅はかさでしかない。
それも、金の問題だけクリアにしておけば迷惑は掛けないで済む、と考える人間が多い。

人間のやることなすことは、お互い様の中で成り立っている。

だから互いに許し合おう!ってことではない。

ダメなもんはダメ!
許せんもんは許せん!

それでいい。

ただ、言えば、「罪を憎んで人を憎まず」ってやつを言い聞かせながら生きないとな、って最近とみに思う。
あまりに許さない社会になり、厳罰主義に成りすぎだし。

厳罰主義ってのは非常に短絡的な思想だ。

悪いことをした人間を消せば、それで社会が良くなる、って。

成るわけがない。
なんで、そん事になったのか?
どうすれば第2第3の同様な事件や事故を起こさずに済むのか。
そんなことを、個々が考えるようにならなければ、なんも変わらない。

汚いもんには蓋をして見えないようにすれば綺麗、って、今の東京だし。

五輪前に、カラスを追い出し、中国・韓国をはじめとするアジア圏の在日の外国人を追い出し、ホームレスの人々を追い出し、所得の低い人間を追い出して「綺麗だ綺麗だ、ヤホホ〜」と騒いでいる東京都の汚らしいことと言えばありゃしない。

上辺が少しくらい綺麗になろうが、どんなにいい服で着飾って、化粧でごまかしたとしても、きている人間の人間性が汚れきっていれば、すぐにバレてしまうよね、本性が。

現都知事がいい例だ。

薄っぺらで、人間味がなく、なにも考えていない。
ただどうしたらマスコミの前に出て、テレビに映れて、目立てるかしか考えていないかのような都知事のありようは、そのまま、いまの東京都の有様、ひいて言えば日本の有様そのものだ。

ん?

ってことはだ、小池百合子は現状の日本にあって、正しい日本人の代表ってことか!

うわぁ〜〜〜きっつい!

小池百合子がいなければまともな東京に!って浅はかな考えであるとわかりながらも、そんなもんなんも変わらない、とわかりながらも思えてしまう自分がいる。

菅も小池も情けないけど、自分も情けない。

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