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大学受験で鬱になったやつがもう一度大学受験をして半年で同志社に受かった話

高三の夏、河合のセンター模試の英語があまりに読めなさ過ぎて、翌日異常な倦怠感に包まれ、10日後にうつ病と診断された。

クラスメイトがキャンパスライフを謳歌しているなか不安と絶望に満ちた二年間を過ごした結果、うつ病はふとしたことがきっかけで突然治った。

3浪目突入が確定し、以前のトラウマもあってか、大学受験を再度検討するきにはなれず、僕はテックキャンプというプログラミングスクールを利用してとりあえず就職し社会に出ようと思っていた。大学に行く以外のルートもあるはずだと思っていた。結果、


ことごとく失敗した


そもそも応募が通らない。高校卒業から三年が経っていた僕は新卒ではなく中途採用を使ったわけだが、よく考えてみると、スキルなし前職なしの二十歳を一体誰が雇うのか?

なんとか面接にこぎ着けても全く波長が合わず、お祈りメールばかり。そしてもう一つ大学に行く以外の道として考えていたのが、アフィリエイターである。本を読むのが好きだったのでその本の感想を書いたブログを書いてそこそこの収入を得ようとしたのだが...

どこにも属さず、ただひたすら5年も10年も家で本を読んでいる将来を想像して、震えが止まらなくなった。


...ザックリとこんな感じの経緯で、大学に行く以外の選択肢をすべて潰された僕は親と相談し、トラウマと化していた受験勉強に嫌々戻ることとなったのだ。思い立ったのは8月の終わりごろだったか。すでに私立大学の本番は半年を切っていた―――

プログラミングを勉強する前に、英語のトラウマだけは克服せねばならんと思い、英語だけはちょこちょこ勉強していた。単語を覚えればなんとなく読めるようにはなり、試しに受けてみた英検準一級のリーディングでは合格ラインにまで達することができた。

英語は現役のときよりできる。しかし、国語と世界史は全く勉強していない。古文単語はとっくに忘れ、世界史の後半3ぶんの1は全く手つかずの状態。果たして間に合うのか?

予備校は武田塾にした。現役のときに利用した東進衛星予備校(東進ハイスクールの授業が見れる自習室)は、自分が何の勉強をすべきかを明確にしてくれず、自分にあった勉強を見つけるところから始めねばならなかったからだ。武田塾は立地にも優れ、どのタイミングでどの問題集を使うべきかしっかり提示してくれたので、我ながらベストな予備校選びだったと思う。

第一志望は、関西では一応最大手とされる同志社大学の文学部(下世話だが、関西にも早稲田慶応に匹敵する私大を一つ用意するべき。京大に届かなかった人の滑り止めとしては同志社は簡単すぎる)。自分の学校からも成績上位者は何人か行くとこなのでそこまで難関ではないが、正直間に合うとは思わなかった。

そこから僕はとにかく勉強した。まず、古文単語と英単語と世界史をひたすら覚え直した。10月ぐらいまでは暗記中心の勉強を続けていた。

11月からは問題集をたくさん使い、12月ごろには世界史も大体覚え終わり関関同立が見えるようになってきた。

そして1月以降はひたすら過去問をやった。すべて合わせて18年分ぐらいはやったと思う。そのころには勉強のリズムも整ってきて一日10時間ぐらいコンスタントに勉強できてたと思う。

結果としては、京都産業、龍谷、関西、同志社すべての大学にすべての日程で受かった。

メチャクチャ簡単に説明したが、苦しいときはもちろんあった。まず、勉強を始めたときの僕は、睡眠薬がなければ寝れない体になっており、睡眠薬なしで寝れる体を作る必要があったし、3浪しているということが恥ずかしくて、自分をこんな状況に追い込んだ原因であろう自分の家庭を恨んだ。(ちなみに僕の姉もうつ病になって高校を中退したし、高校のクラスメイトが塾のバイトに入っていたのもNoダメージとは言い難かった)12月ごろになると緊張のせいか悪寒が止まらなくなったりもした。

そんなこともあってか、無事合格して同志社に行くことが決まった僕は今、燃え尽き症候群的な状態になっている。

別に苦しいわけではないが、楽しいわけではなく、何のやる気も出ないという完全なる無の状態である。毎日寝てばかりいる。YouTubeを見てもちっとも面白くない。困ったものだ。まあそのうち治るであろう。焦ることはない。

大学では英語を強化し、就職先は漠然と教育業界を目指している。昔の自分に似た子の手助けができればなぁと思っている。

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