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ドラマ『石子と羽男』 | 弱さを認めてもらえないツラさと呪縛からの解放

TBS系の連続ドラマ『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』が最終回を迎えた。今クールで最も好きなドラマだったかもしれない。

『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』公式Twitterより画像引用


この製作チームのドラマはいつも楽しみにして、ただのファン。本当に「そんなコトで訴えます?」と言ってしまいそうになる日常の小さなトラブルを発端にしながら、その奥に現代日本の問題を隠すストーリーに考えさせられる。いじめ、待機児童、虐待、著作権侵害…。

とても身近であり、かつ、誰もが(ドラマのイメージアイテムにもなっている)傘を必要としているのだと改めて感じる。依頼人を助けることも、時に救えないこともあるけれど、声を上げてもらうことで法の傘を差し出すことはできる。ラストシーンで、トラウマを思い出し固まる石子(有村架純)の眼前に傘を差し出す羽男(中村倫也)の姿は、作品全体を通したメッセージそのものを現しているようだった。

このドラマで個人的に印象的だったのは、羽男のトラウマである父親・泰助(イッセー尾形)との関係。

高卒で司法試験に合格し弁護士になった羽男は、紛れもなく優秀ではあるが、予想外のことが起きると手が震えてパニックに陥りがち。パラリーガルである石子のサポートあってこそなんとか弁護士ができているわけだが、決して頼れる弁護士ではない。

そんな息子の欠点を、父親である泰助は真っ向から拒否する。自身の本当の実力を口にしようとする息子の言葉を遮っては「君は天才だよ。できる子なんだ」と言い聞かせ、決して息子の不出来を認めない。顔を合わせるたびに、羽男が優秀であると言い続け、しまいには「君に町弁は不足だ」と言わんばかりに(言っていたが)勝手に別の職場を用意する始末。父に言葉を遮られるたび、口をつぐんでしまう羽男の苦しそうな表情が居た堪れない。

「出来ないという事実」を身内に認めてもらえないことは、ある意味欠点を責められるよりも辛いのではないだろうか。本来の自分を、見てくれてすらないことが分かるから。

だが、偶然にも法廷で顔を合わせた息子の頼りない姿を見て、ついに泰助も認めざるを得なくなる。不動産詐欺の裁判であり、かつ大切な仲間である大庭(赤楚衛二)に放火殺人の疑いをかけさせることになった因縁の相手が絡む案件。そんな重要な状況。第一回口頭弁論の場で、泰助は証拠が揃わず慌てふためく羽男を目撃してしまう。結果的に第二回口頭弁論では、石子をはじめとする周囲のサポートにより素晴らしい答弁を行うことができた羽男だが、泰助は「君は優秀ではなかった」と失望の言葉を口にする。しかし、これは父にとって失望の瞬間だが、一方で息子にとっては初めて父親が本来の自分を理解してくれた瞬間だった。「やっと本当の俺を見てくれた」と嬉しそうに答える羽男は、失望をぶつけられているにも関わらずまるで呪縛から解かれたように晴々しい。

優秀でなくてはならない、完璧でなくてはならないという一種の呪いが、やたらと「ブランディング」を気にする羽男を作り上げていたのだろう。私たち視聴者の目にコミカルに映っていた謎の自己ブランディングが彼の自信のなさと不安の表れだったと思うと、大丈夫だよと声をかけたくなる。

潮法律事務所に入り、石子とバディを組んだことで羽男は変わった。屋上でビールを飲みながら石子に自分の情けなさを吐露したシーンを思い出す。石子に背中を叩かれ、それまで気取ってかきあげていた前髪をぐしゃぐしゃと下ろした時、彼はやっと彼自身を受け入れてあげられたのだと思う。

最終回は、石子と羽男、それぞれのトラウマが相棒であるお互いの存在によって解かれていた。当初、視聴者が期待したであろう恋愛関係に発展することはまるでなかった。だが「これからも隣にいてほしい」とまるで告白のような言葉を吐いた羽男には、かけがえのない相棒への絶対的信頼と自分を変えてくれた感謝の気持ちが込められていたのだと思う。

ところで、相棒という関係性はなぜこんなにも「エモい」気分にさせられるのだろう。最終回は終わったけれど、石子と羽男にはこれからも言い争いをしながら傘を差し出しあっていてほしい。


余談。
この後、中村倫也が気になって映画『水曜日が消えた』を観た。良かった。

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