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【短編小説】死を招く指摘

 早朝5時、コンビニバイトの夜勤がもうすぐ終わるという頃、私はキッチンで溜ったゴミを外のゴミ捨て場に捨てに行った。すると駐車場の灰皿から離れたところで、1人の男性がタバコを吸っていた。普段ならあまり気にも留めないのだが、その日は大学の試験期間中ということもあり、寝不足だった私は少しイライラしており、男性に少し強い口調で声をかけた。
「お客さま、タバコはこちらの灰皿で吸ってください!」
男性はぼんやりとこちらを睨みつけた。すると次の瞬間、キイィィィ!という大きな音が鳴り、暴走してきたトラックが男性を巻き込んでコンビニに衝突した。私は慌てて救急車を呼んだが、男性はその場で即死だった。

 信じられない出来事に、私はその日から数日眠ることができなかった。そんなこともあり、大学の試験は散々だった。そのまま夏休みに入り、私は大学のゼミの友人グループで旅行に出かけていた。コンビニで起きたあの出来事からはもう1ヶ月が経釣りあの日の衝撃的な出来事からなかなか立ち直ることができていなかった私だが、旅行中は友人たちに囲まれいつも通り楽しむことができていた。2泊目の夜、旅行中の男女6人全員で、ホテルの1室でお酒を飲んでいた時のこと。1人の男子が、悪酔いした様子でこんなことを言い出した。「おい夏美、お前まだあの男と付き合ってるの?あんな奴と付き合っててもいいことないだろー、どうせあいつ浮気してるよ。」夏美はゼミの中で私にとって一番仲の良い友人だった。私も少しお酒が回っており、その言葉を聞いて少しカッとしてしまった。「ねえ、尚人!なんでそんなこと言うの?夏美の彼氏はそんな人じゃないよ!」私の言葉に尚人は拗ねてしまった様子だった。「チッ、何だよ。ちょっと気分悪くなった、シャワー浴びてくるわ。」そう言うと、少しふらついた足取りで尚人は1人、部屋のシャワーへ向かった。「まあ、尚人の奴、酔っ払うといつもああだから、そんなに気にするなって。」尚人と仲の良かった大毅がそう言った。すると次の瞬間、シャワー室から大きな鈍い音がなった。派手に転びでもしたのかと思ったが、尚人の声は無かった。全員で慌ててシャワー室へ向かうと、尚人はシャワーを出しっぱなしのまま倒れ込んでいた。搬送先の病院で尚人の死亡が確認された。急性アルコール中毒のようだった。まただ…。

 それから数日、私は大きく気が落ち込み、家で寝込んでいた。ただの偶然だと思うのだが、私が注意した人が2人続けてその直後に亡くなった。偶然だと自分に言い聞かせたが、私は誰かに顔を合わせるのが怖くなっていた。そんな私を心配して、妹の実香が声をかけてくれた。「ねえ、お姉ちゃん、そろそろ元気出してよ。ほら、icesのライブブルーレイ買ったから、一緒に見ようよ。」icesは私と実花の好きなアイドルグループだ。「そうだね、ありがとう。」2人でライブ映像を見始めた。「あ、次お姉ちゃんの好きな両思いピースだよ!」両思いピースは私の大好きな曲だった。私はその時、少しだけ明るい気持ちを取り戻すことができていた。「あぁ、麻央ちゃん今ちょっと歌詞間違えたよね!私ここの歌詞好きなのに!」そう私が言った直後、スマートフォンに1件の通知が届いた。ニュースサイトの通知だった。見出しにはこう書いてあった。「人気アイドルグループ・icesのメンバー、麻央が急逝。原因は心不全。」私は手が震え、とんでもない恐怖に包まれた。未香も震えていた。

 おかしい。絶対におかしい。私が指摘をした人が、すぐに亡くなってしまう。私は誰かと喋ることはおろか、部屋から一歩も出ることができなくなった。夏休みが終わっても、大学に行くことはできなかった。見かねた父が、引きこもった私に部屋の外から声をかけてくれていたのだが、父は次第に大学に行かない私にイライラを募らせているようだった。ある日の朝、父が部屋の外から私に向かって言った。「いつまでそうしているんだ!いい加減出てきなさい!」突然大きな声で怒鳴られた私は、泣きながら言ってしまった。「うるさい…!」
 言ってしまった…その日、父は会社に向かう途中、駅のホームから落ち、電車にはねられ亡くなった。

 それからも、私は部屋に篭り続けた。母と妹も、私に声をかけなくなっていた。2人も私の周りで起こるこの異様な出来事に気づき、気味悪く思い始めたのだろう。私なんか‥こんな私が死ぬべきなんだ。「何でこんな私が生きているの?私なんか消えてしまえばいいのに!」何度そう口に出して言っても、私自身に何かが起こることはなかった。かと言って、自殺なんてする勇気も私にはなかった。これからどうやって生きていこう。



 それからしばらく、すっかり病んでしまった私の心の拠り所はSNSだけになっていた。現実で誰とも口をきけない分、SNSで他人に誹謗中傷をしている人を見つけてはこう書き込んだ。
『そんなこと言って良いと思ってるんですか?』
『人の揚げ足ばっかりとって楽しいですか?』
『どうせそんな偉そうにできるのはネットの中だけですよね?』
 私が指摘のコメントを送ったアカウントは、どれもそれから更新が途絶えるようになった。ううん、きっと偶然だ。みんな私のコメントで反省してSNSで酷いことを言うのはやめるようになったんだ。そうに違いない。私の心は完全におかしくなっていたのだろう。私は良いことをしているんだ、そんな気持ちにまでなっていた。

 ある日、いつものようにSNSを見ていると、こんなブログを見つけた。1人の女性が、日々の辛いことを書き記していたブログだった。
『最近、何も良いことがなくて気持ちが上がらない。学校の勉強も全く手につかない。』
『仲の良かった家族がみんなバラバラになってしまった。もう誰とも会いたくない、どうやって生きていけばいいかわからない。』
『こんな毎日ならいっそ、消えて無くなってしまいたい。』そんなことばかりが書いてあった。
 そのブログを読んだ私は、無性に抑えられない怒りを感じた。
「なんなのこの不幸自慢、ほんとうにほんとうに不幸でたまらない、部屋に引きこもってもう死んでしまいたいと本気で思っている人間がここにいるのに…。」
私は衝動的にコメントを書き込んだ。
『ネットで不幸自慢ばっかりして楽しいですか?ほんとうに辛い人の気持ちを考えたことがありますか?』
投稿ボタンを押した。
 するとその瞬間、家の一階でキイィィィ!というとんでもなく大きな音がした。一瞬、実香の甲高い悲鳴が聞こえた気がしたが、何かが何かにぶつかる大きな音にかき消された。
「え…?」
まさか、そんな、偶然だよね?!そんなはずない…。私は布団に覆い被さったまま、必死に自分に言い聞かせた。

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