ロマンシェ

まさかわたしが恋愛小説で泣くだなんて。/ロマンシェ

原田マハさんの文章の使い分けは一体どうやっているのだろう。

今回読んだ『ロマンシェ』は乙女心を持った男の子が主人公のラブコメディ。女性の心、というより完全なる乙女の主人公は母親のこと「ママン」なんて言うし、好きな人のことを「愛しの王子様」だなんて呼ぶ。

表では一生懸命男性を演っているとはいえ、ちょっとやりすぎかなと思った…し、正直最初は全然馴染めなかった。それは主人公のキャラクターに、というよりそのあまりの軽快さに。

元々わたしは美術ミステリーを描く原田マハさんのファンだ。『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』『サロメ』を始めとするその作品の数々にはもはや唸ることしかできないくらい惚れ込んでいる。

ただ、最近読んだ『本日は、お日柄もよく』があまりにもよかったため現代もの(?)もいいかもしれないと『まぐだら屋のマリア』『生きるぼくら』を読み、今回初めて『ロマンシェ』を手に取ってみた。

美術学生がパリへ留学し、リトグラフに出会う…なんてさらりとあらすじを見れば、これは大好物のジャンルだと期待せざるを得なかった。

だけど読み始めてすぐにわかった。
これは相当軽快なラブコメディだ。

【あらすじ】
主人公の遠明寺美智之輔(おんみょうじみちのすけ。ミッチ。ミシェル)はひょんなきっかけでパリの美術大学に留学することになったため、恋心を抱いていた高瀬くんには思いを告げられずにいた。高瀬くんへの気持ちを抱いたままパリで過ごす美智之輔が出会ったのはとんでもないタイピングでキーボードを叩く謎の女性。この女性に出会ったことがきっかけである騒動に巻き込まれてゆくが…。


ここから先ネタバレあります。



語りは全編ミッチの目線。あまりにも軽快なミッチの口ぶりに結構重めな展開になったとしても、沈むことなくテンポ良く読んでいけることが魅力だ。だからこそ、ミッチが終盤高瀬くんに思いを告げようと決心した夜のシーンはぐっとくる。

恋に関する嫌な予感ってどうしてこんなに当たってしまうんだろうね。本当は最初から薄く薄く勘付いてしまっていたよね。だけど気が付かないフリを一生懸命してたよね。

ひとりぼっちになってしまったミッチに思わず寄り添ってあげたくなってしまう。最初はその軽快な口調に戸惑いがあったはずなのに、気が付いたら最初から友達だったのかもというくらいにはミッチに入れ込んでしまっていた。(彼の呼び方も完全にあだ名呼びになっている入れ込みよう)

「どこに行っても中途半端。」

ミッチが時折こぼす言葉も、物語が進んでいくにつれて重要な意味を持ってくる。子供でも大人でもない。男でも女でもない、アーティストでも普通の人でもない。どこに行っても何をしても中途半端だと思っているミッチ。だけど、そんなミッチだからこそハルさんを救えたんじゃないかなと思うのだ。

ミッチが愛してやまない作家のハルさんは、作家をやめる宣言をしたあともずっとずっと悩んでいた。本当はとても描きたかったけど、腕の病気のこともあるし、気持ちのこともある。酷く中途半端になってしまったと悩んでいた。

そこにミッチが現れて、一緒に問題を考え、過ごしていくうちに「いつかまた、小説が書けるようになったら…」と言えるようになった。

ここのシーンが本当に絶妙で、ミッチの辛さも、ハルさんの辛さも、二人の絆も全部が絶妙でぐううううと涙腺が刺激されてしまうのだ。

んんん、まさかわたしが恋愛小説で泣くだなんて。

あんまり恋愛小説はすきじゃないはずなのに。
熱くなる目頭にこんなにミッチに感情移入していたんだと気が付いてびっくりする。

最終的な結末にはちょっとした驚きもありつつ、だけどほっと一安心させてくれて思わず口角が上がってしまう。とびきりのラブロマンスだ。まさに『ロマンシェ』。

心に深く残る重い重い小説なんかじゃない。だけど、お風呂の中で、電車の中で、隙間時間につい台詞やシーンを反芻して心があたたかくなるような、優しいやさしい恋愛小説に出会えた気がする。


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