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かすかな冷覚/『檸檬』梶井基次郎

暑さゆえにか、体力がどんどん失われてゆく。

読書をするには体力が必要だ。

単純に文字を追い続けるので、目が疲れてしまってはどんなに面白い物語だって先に進むことはできないし、持ち上げ続ける腕もそうだ。

それに、物語を読むということは「はじめまして」から始まり、誰かや何かの人生を覗き見したり、また追体験をすることになる。

わたしは自他共に認める活字中毒だと自覚しているけれど、それでも本を読めないときはある。

散々「夏が嫌いだ」と公言しているけれど、こういう点もあるのかもしれない。

困ったなあ。

すきになれるポイントを見つけたい。



そんなわけで手に取った今日の小説。


こんなに短いお話だと思っていなかった。

文庫本にして若干9ページ。

するりと、さらりと読めるのに、なんて心に残してゆくものの多い話だろうかと思った。

ある夏、ふらりふらりと歩いた先の果物店で見つけた檸檬。思わず買い求め、そしてそれをそのまま丸善の書棚にそっと置いて立ち去る。

それだけだ。

物語としてはそれだけ。

しかし、描写がたまらない。


全文、書き写して壁に貼りたいとすら思えるくらい美しいのだ。

赤や黄のオードコロンや、オードキニン。洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色の香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間を費やすことがあった。そして結局一等いい鉛筆を買う位の贅沢をするのだった。

丸善の描写にはため息が出る。

一体私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘型の格好も。

レモンについてはこう。

すきだなあ。すきだなあと噛み締めているうちにパッと終わってしまうのも良いのかもしれない。

それから、夏にふさわしく浴衣や花火についてもふれているのだが、個人的にむちゃくちゃにツボだと思ったのが「びいどろ」についての描写。

わたしも小さい頃、よく口にゆくんでいたなあと思い出した。もちろん味なんてないのだけど、なんだかひんやりとしていて口に入れているだけですっきりしたことを覚えている。見つかって親に叱られるまでがもちろんワンセットだったけれど。

この表題作以外にも短い短編がいくつも入っているのがこの『檸檬』であるから、ほんの少しづつ梶井基次郎ワールドに浸りたいと思う。



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