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【書評】人を人ではない何かに変えてしまうもの『ブラッカムの爆撃機』ロバート・ウェストール著|金原瑞人訳

戦争ものが嫌いだ。暗くて嫌な気分になるし、恐ろしいし、何なら悪夢を見てしまう。でも読むだけですむならマシ。
ロバート・ウェストールの『ブラッカムの爆撃機』は、まさにそんな"戦争もの"の短篇集である。舞台が英国なので、日本で教育を受けた人には馴染みが薄いかもしれないが、一文一文ゆっくりと読み進めていけば、物語に入り込むのは容易だ。宮崎駿が描き下ろしたフルカラーの漫画も想像を助けてくれる。

表題作は、第二次世界大戦の不思議な記憶の物語。主人公で語り手のゲアリーは英国軍の無線士で、チームと共に布張りの爆撃機に乗っている。機長はアイルランド人のカトリック教徒で、無茶な飛行をする通称〈親父〉。パイロットは大男マット、尾部銃座はビリー・ザ・キッド、騎手銃座はいかれポール、ナビゲーターは冗談好きのキット。個性豊かで賑やかな面々は、同じ爆撃機に乗り絆を深めていく。しかし英国軍にも胸糞悪い奴はいるもので、それがブラッカム軍曹だ。任務外で家畜を撃ち殺し、民間人を脅かし、非道な行いを重ねている。ある日ゲアリーたちとブラッカム機は、危機一髪ドイツ軍のユンカース機を撃墜する。無線から響いてきたのは、ドイツ軍兵士の断末魔と、ブラッカム軍曹の笑い声。ゲアリーは最悪な気持ちで帰投したが、その後ブラッカム機には「呪われた」としか説明のつかない異変が発生する……。
運命を共にする仲間との絆や臨場感溢れる戦闘――しかしその熱狂と喧噪の背後には、底知れぬ穴が空いている。戦場を離れ、酒を飲むゲアリーの語りには、酒で紛らわすしかできない、焼けるような苦しみが滲む。
もし自分なら、呪われたブラッカム機に始末をつけることはできるだろうか。人のままでいられるだろうか。その答えはたぶん「ノー」だ。

他に収録されているのは二作。「チャスマッギルの幽霊」は少年と幽霊の会遇を描いたファンタジーで、「ぼくを作ったもの」は作者本人を思わせる少年と戦争恐怖症の祖父の話だ。戦争というテーマ以外は、三作とも雰囲気も語り手も語り方も異なる。しかしいずれも質量のある言葉で綴られており、読後には、恐怖と、問いと、そしてわずかな希望が残る。
児童書の棚にあるとは思えぬほど残酷な描写も含まれるが、誠実な態度で戦争を語るならば無理からぬことかもしれない。また、現代では不適切な表現も使用されているが、漂白されない当時の言葉と価値観が、より鮮明な過去を作中に浮かび上がらせる。

戦争ものが嫌いだ。つまり戦争が嫌いだ。本当の戦争は、できることなら知りたくない。しかしわたしたちは残念ながら、理屈だけで戦争をしないほどまともな生き物ではないし、教育なしに他者を思いやれるほど賢い生き物でもない。せめて、戦争を語り継ぐ人の言葉には真摯に耳を傾けたいと思う。


※ことばの学校第2期課題を改稿



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