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「聖夜の別れ」

ピノとお散歩シリーズ その2
そう、あれはジングルベルが聞こえてくる頃のお話。今回は「聖夜のお別れ」という物語。

「おいくつになるんですか?」ボクは、目の前の女性に尋ねた。
「もう15歳にもなるんですよ」
「へーそうですか。とても見えませね。まだまだ元気そうだし」
「昔は毛がもっと濃い茶色だったんですが、これでもかなり白髪が増えたんですよ」
その「コタロウ」という名の中型の柴犬は、いつも穏やかで愛犬のピノがいくらチョッカイを出しても、平然としていた。同じ柴犬でも、やたらと吠える攻撃的な犬もいれば、すぐに逃げる臆病な犬もいる。人間と同じで、ずいぶんと性格は異なるもんだ。

ピノは、犬でも人でも誰にでも愛嬌を振りまく八方美人なのだが、飽きっぽい。ピノが鼻でご挨拶してもコタロウがジッとしているので、すぐにグイグイとボクを引っ張り、早く散歩しようとせっかちに促す。しかたなくボクは、女性にろくな挨拶もせずに別れた。赤や黄色の枯葉が敷き詰められた小路を、ボクは再びピノと公園まで歩くことにする。街ではジングルベルが鳴り響き、サンタクロースは良い子へのプレゼントの準備で、大忙しの頃だった。それがコタロウとの最期の出会いになるとは、その時のボクは思いもよらなかった。
コタロウとは、以前から時々お散歩途中で会っていたのだが、犬同士の鼻でのご挨拶程度。飼い主の中年の主婦とは、それまであまり会話をしていなかった。ボクはピノを飼い始めた頃、いつも同じ柴犬と小さな公園で一緒に遊んでいた。それが、ある日突然別れることになり、それ以来ボクとピノの散歩は、時間を特に決めず、お散歩ルートも気まぐれになっていた。

バタバタとした年の瀬も過ぎ去り、おせち料理も食べ飽きてきた頃だった。ボクがビールやらワインやらでパンパンに膨れたお腹をさすっていると、ピノが非難の目つきで睨んでいる。しかたなくボクは、散歩がてらにコンビニまで買い物することにした。最近のコンビニは、ビールの種類がやたら豊富だしね。
 「ピノ、チョイとだけコンビニまで散歩にしようか。チョイとだけだぞ」
コンビニまでは、歩いて5分程度の距離。ま~散歩には近すぎるのだが、ピノにしてみたら家の中で昼寝ばかりしているよりは、まだマシのはずだろう。
ボクはヌクヌクとした部屋の中から、キンキンと冷え切ったビールのように冷たい戸外へ、思い切ってピノと買い物に出かけた。冬季仕様の毛皮を着たピノは、寒い方が得意なので、喜んでいる。じゃあ、ということで最寄りのサークルKではなく、多少離れたセブンイレブンまで歩くことにした。まあ、セブンの方がお気に入りのビールが多いしね。

低く垂れこめた雲が天を覆い、雪でも降りそうな薄暗い道を、ダウンコートとビールで膨らんだボクは、のんびりピノと歩く。それでも10分程度でセブンに着いてしまった。
「いい子だから、じっと待ってんだぞ」
ピノをリードの金具で柵に留め、セブンに入ると見知った顔がレジにいた。
「えっと、誰だっけかな」犬は覚えているのだが、その肝心の犬がいないと飼い主の方はなかなか思い出さないもんだ。

「おや、コタロウの飼い主さんですよね。このコンビニで働いていたんですか」
「あら、ピノさん。こんにちは。この店は主人がオーナーなので、時々手伝っているんですよ」
ボクはピノではないのだが・・・
「そうだったんですか。最近お散歩でお会いしませんね」
「それがね、先日コタロウが亡くなったんです」
他に客がいなかったこともあり、誰かとしゃべりたかったのだろう。レジの女性は、せきを切ったように語り始めた。

『あれはクリスマスイブの晩のことです。その数日前から、コタロウは調子が悪そうだったので、あまり散歩はできませんでした。それでも餌は食べるし、それほど心配はしていなかったんです。
コタロウは、普段私が世話をしたり散歩をしてあげているのに、なぜか主人によくなついていているんですよ。あのイブの日は、予約販売のケーキがよく売れたので、主人は夜遅くまで店にいました。コタロウはその日、いつもと様子が違って、餌を食べ終えてからずっと暗い玄関で主人の帰りを待っていました。今日は遅いからまだだよ、と居間に連れ戻しても、すぐに玄関まで行ってしまうんです。いつもなら寝る時間なのに、おかしいなと娘と話していたのですが、そのままにしておきました。
コタロウは、主人が帰ってくるのをいつも事前に分かるのですが、その日は十時頃になってから玄関でコタロウが吠えました。主人がやっと帰って来たと、玄関まで迎えに行くと、コタロウはなぜか玄関で目を閉じて寝そべっていたままでした。主人はコタロウの様子がおかしい、と玄関で騒いでいます。どうしたのかとコタロウをさすってみたのですが、ピクリともしません。そう、コタロウは、主人の顔を見てから死んだのです。自分の最期を悟っていたのでしょうね。主人に会ってからでないと死なないと、決めていたのでしょうか。健気でしたよ、コタロウは・・・』

女性は、声を詰まらせながら、話し終えた。ボクは、何をしにコンビニ来たのかすっかり忘れていた。涙目の女性を、ボクはろくに慰めることもできず、適当にビールを買い求めることしかできなかった。そして、そそくさと外に出て、寒風の中で退屈そうに待っていたピノを連れて帰ることにした。
「ねえ、ピノはマダマダだよね」 ボクは何だか心配で、ピノに尋ねる。
「なんの話だい?」
「いや、なんでもないさ」

やっぱり冷たいビールではなく、こんな日は熱燗の方が良かったかな・・・

ピノとお散歩シリーズ

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