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その2.アート思考はビジネスに役立つ

変化の速度が遅い時代では、事実ベースのロジカルシンキングは確かに有効でした。しかしダイナミックに動く現代では、大量かつ変動する事実を、正確に把握しようとしても困難です。ソフトウェア開発が、仕様をきちんと決定してから開発するウオーターフォール開発から、試作を繰り返すアジャイル開発に変わっていったのも同じ理由からでした。
このデザイン思考は、次第にビジネスの世界で普及してきています。サバイバル競争において、さらに差別化をするためには次の手が必要です。私はこの図にあるように「アート思考」だと思っています。せっかく経験と勘から理性的・論理的になったのに、また非論理的な世界に戻るのか、という批判が聞こえそうです。しかし、決してそうではありません。ロジカルシンキングができて、創造性もあるうえでの美学であり美意識です。価値観が多様化し移りゆく現代社会では、判断するための基準で迷うことが多くなりました。大企業で不正経理や品質問題など不祥事が頻発しているのは、判断を他人任せにしているからです。美意識があれば、自ら判断できるのです。

出展:谷田部卓(著)MdN社「未来IT図解 これからのAIビジネス」

前述の文章と図は、我輩が先駆的ビジネスパーソン向けに2018年に書いて、MdN社から出版した「未来IT図解 これからのAIビジネス」という書籍からの抜粋だ。当時からデザイン思考という言葉が流行っていたが、アート思考という言葉はなかったはず。少なくとも我輩は知らなかったので、アート思考という言葉は我輩の造語だと思っている。別に我輩に先見の明があると言っているわけではなく、2017年に出版された山口周(著)「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか? 」に触発されたものでしかない。ベストセラーとなった末永幸歩(著)「13歳からのアート思考」は2020年出版だから、拙著の2年後の出版だ。またイェール大学で開発された「絵画観察トレーニング」を紹介した神田房枝(著)「知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』も2020年出版。
とにかく、これからのビジネスパーソンならデザイン思考はもちろん、リベラルアーツを身に着けてアート思考にまで達しないと、過酷な生存競争に勝てないぞと煽っているのだ。まぁ本音は、理由はどうあれ多くの人がアートに興味を持ってもらいたいと思っただけなのだが。
それにしても、人工知能の本なんぞを書いている我輩の周りは、エンジニアばかりなのだが、大半は一般教養がない。美術館に行ったことがある人は皆無で、文学を語れる人も少数派だった。これは年代に関係がなく、老いも若きもゲームかアニメ、もしくはスポーツが趣味だ。別にこれらの趣味は我輩も好きなので否定するつもりは全くないのだが、興味の範囲が狭すぎる。マネ・モネ・ルノアールの印象派が大流行していた頃、中学生の我輩が初めて買った画集がサルバドール・ダリで次が横尾忠則という変態ぶりだ。高校生になると運動部だったのだが、高校の図書館の年間貸出記録ホルダーを持つ乱読派でもあった。
しかしインターネットだのメタバースだのと騒がしい時代に、一般教養などという言葉は時代錯誤かもしれない。アニメとゲームで育った世代にとって一般教養があるとは、「ウマ娘 プリティーダービー」や「刀剣乱舞」のキャラクタの知識の量なのかもしれないな。
もっとも現代の日本では、一般教養というカビの生えた言葉だと流行らないので、「リベラルアーツ」という言葉を持ち出してきている。前述のイェール大学「絵画観察トレーニング」でもリベラルアーツの重要性を説き、絵画を集中して鑑賞することで「知覚(perception)」が磨かれ、クリエイティビティやイノベーションにもつながるとしている。先行きの不透明な時代では、論理思考ではなく知覚力が必要だといっているので、前述した拙著の図版にあるデザイン思考からアート思考へ、と同じ考え方となっている。我輩は「知覚」ではなく「直観」という言葉を使っているが、意味することは同じだろう。
ということで、ここでの我輩の結論は、アート鑑賞はビジネスの役に立つということなのであった。しかし「その1」ではアートの価値は精神的豊かさを与えてくれると書いたのに、ビジネスの役に立つという経済的有用性を強調したのでは矛盾ですかな。

【続く】

TickTackホームページ(TecG)

その1.アートは役に立つのか?

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