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究極下での選択(ちびひめ版)

俺の家庭は、妻と息子の三人家族だ。

しかし、実のところ家庭はうまくいっておらず、私は他所で不倫をしていた。

妻・芽衣子もそれは薄々勘づいていたはずだ。

一人息子の栄吉はいわゆる引きこもり。高校に入ってすぐ辺りから徐々に学校へ行かなくなり、今では完全に引きこもりとなってしまった。

俺は子育ては妻に一任していたので、妻を責めた。それも複数回に渡って、だ。

それでも離婚せずかろうじて夫婦を演じていたのは、やはり息子がいたからだろう。

充分暮らしていけるだけのお金を渡しているにも関わらず、妻はパートタイマーで働き出した。

そしてその金を湯水のように使ったのだ。

俺の癒しは唯一、不倫相手の優子だけだった。

優子はよくできた女で、なにも欲しがらなかった。ただ、俺のそばにいたい、それだけしか言わなかった。俺はいつか幸せにするよ、とお決まりの嘘をついて彼女と会い続けた。

帰宅しても夕飯の支度はされていない。

俺はコンビニで買ってきた弁当をチンすると、熱々なそれを食べ始めた。

テレビを見ながら一人食事をする。これが俺の日常だった。

俺は妻のことを愛していないわけじゃない。ただ少し、すれ違ってしまっているだけだ、と自分に言い聞かせる。

息子のことはもちろん愛していた。だからこそ、引きこもりをしている息子を強引に外に連れ出したりしなかった。必要なものがあったら、何でも買い与えた。できれば元気に学校へ行って欲しかったが、無理というものだろう。今年休学を終えてからも登校がないようだったら退学、そこまで来ていた。

俺は孤独だった。

優子が愛してくれても、それは夫婦の愛ではなく、いつ壊れてもおかしくないものだった。

俺はそんな不安定なものではない、確固たる自分の信じれる人間がほしかった。

そんなある日曜日の朝、いつもの目覚ましで目が覚めた。昨日セットを解除し忘れたのかな、と思い時計を眺めると、それはいつものとけいではなく、ぼんやりと、やがてはっきりと文字が浮かんできた。

「今から二十四時間の間に、Aのボタンを押すと妻が、Bのボタンを押すと息子が助かります。なお、ボタンを押さなければ優子さんが助かります。」

続いて、

「助からない人はこちらで処刑をうけることになります」

こんな悪趣味な時計を誰が買ったんだ?!

まだ早朝だったが、俺は起き上がって妻を探した。妻はいなかった。

息子の部屋へ行ってみる。ノックして返事がないことを確認すると、一気にドアを開けた。

息子の姿はなかった。まだやり途中のゲームは放置され、たった今までいたような形跡だけが残されていた。

時計はカウントダウンを始めていた。もうすぐ三十分が経過してしまう。

家から電話をかけたことはなかったが、優子にも電話を入れる。留守電になっていた。

慌てて車を出す。

優子のところまでいくつもりだ。

信号がやたらと長く感じる。歩行者を数回ひきそうになりながら、優子のマンションまでやって来た。

合鍵を使って部屋へ入る。脱ぎ捨てた服などが少し散らかっていた。昨日の夜はここにいたようだ。

さすがに三人が姿を消すというのはあり得ない事態だ。

持ってきた時計を見ると、一時間半経過していた。

俺は一旦家に戻った。もしかするとどちらかが帰っているかもしれないと思ったのだ。

だが、意に反して誰ももどってはいなかった。

たちの悪いいたずらだろう、としばらく放置してみるが、やはり気になって見てしまう。時計の針は三時間の経過を伝えていた。

そうだ、実家に帰ったのかもしれない。

栄吉も連れて、帰ったのかもしれない。

俺は妻の実家に電話をした。

「はい、立花です」

「忠雄です」

「あら、忠雄さん?朝早いのね」

「芽衣子と栄吉がそちらへお邪魔してないかと思いまして」

「メイちゃんも栄吉もここへは来てないよ。どうしたの?喧嘩でもしたかい?」

俺は優子のことを伏せて、今の状況を話す。しかし、信じてもらえない。

当たり前だ。

「そのうち戻ってくるさ」

義母はそういってのんびり構えている。

時計の針は五時間経過していた。

俺は三人が行きそうな場所をしらみ潰しに探して歩いた。しかし、どこにも、その形跡すらなかった。

時計の針は十二時間の経過を知らせた。

そもそも、こんな悪意のあるいたずらがあること事態が悪い。

俺は時計を壊そうかと試みようとする。

すると文字が湧いてきて、

「私を壊すと三人が全員死にます」

と出て、壊すに壊せなくなってしまった。

なんてことだ、人質にとるなんて卑怯だ、俺にいいたいことがあるならはっきり俺に言えばいいのだ。

時計の針は二十三時間を示していた。

あと一時間で……誰かを殺さなくてはならない。

選ぶことがまだできないでいる。

徹夜した上に、やっていられなくて酒を煽ったので、もうふらふらだった。

残りあと三十分。

誰を助けるか、酔っぱらったまま、それでも真剣に考える。

妻を助けたとして、あと何年生きられるかというと、やはり息子の可能性に賭けたくなる。優子を残しても、俺と一緒になる確率は低い。

残りあと五分。

俺の気持ちは決まっていた。

30……29……秒読みが始まる。

ゼロになる瞬間に、俺は全ての迷いを捨て、ボタンを押した……

ハッと我に帰る。

どうやら昨日の夜読んだ小説に影響されて夢を見たらしい。

頭の上にある目覚まし時計をみると、「Aのボタンを押すと妻が助かります……」と書かれていた。

これも夢か?どこまでが現実か?それすらも曖昧になってしまった。

誰か、俺をこの、覚めない夢から叩き起こしてほしい。

「あなたはAのボタンを押しますか?Bのボタンを押しますか?それとも…押しませんか?」


2013年12月11日の作品
設定を決めてそれぞれが作品を書く、というコラボでした。

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