忘れることがあるならば、それは平和になってからでは?
イスラエルの玄関口、テルアビブの空港にもその名が付いている、イスラエル初代首相のベングリオンはこう言った。
“the old will die and the young will forget”.
この台詞の出処は不確であるようだが、多くの歴史家が著書でも言及しているので一字一句合致してはいないかもしれないが同等の内容の言葉を発したことは事実であるのは間違いないだろう。
70年前の災厄を経験した人たちが高齢となり亡くなっていくのはもちろん仕方ないこととしても、その後に生まれ、生まれた時から難民であったり、占領下で不自由・非常事態が当たり前の生活を余儀なくされている人たちがナクバを忘れることができようか?
70年前の5月14日というその日だけその一点の出来事がナクバを指すのではなくその日に始まってしまって人災が今もなお続いている状況だ。
パレスチナ人の若者が言う。
日々の暮らし、その現実がナクバそのものだ。
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とは言え、パレスチナ国内でも意識の差があるのは疑いようがない事実だ。
難民キャンプの中に住む人と裕福な人、ガザに住む人と西岸地区に住む人。
難民キャンプに住む人たちは追われた故郷に戻ることを希望しているし、ガザの人口の70%は難民でガザ以外の地区から追われて逃げてきている。彼らも故郷に戻ることを希望している。
パレスチナに住む全員が日々の暮らしで経験しているであろうことは分離壁・チェックポイント・理不尽な尋問・移動の不自由・入植地の脅威・・・。
それだけでもわたしの日本での暮らしとはかけ離れすぎる現実だ。
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