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インフラ保守デジタル化の最前線~道路舗装の点検・診断業務へのAI/IoT実装

本記事では、我々が日常使用している道路のメンテナンスに、どのようにAI/IoT等のデジタル技術が実装されつつあるかを解説する。道路の維持管理は、地方の自治体では財源不足に伴って深刻な負担となりつつあり、現状のまま手を打たなければ、いずれ保守が行き届かなくなってくる。その打開策の一つとして、道路の点検・診断にスマートフォンやドライブレコーダーなどの安価な機材と画像解析AIなどのデジタル技術を組み合わせたシステムを導入することで、業務の効率化やコスト削減を図る取組みが各地で進められている。

1. デジタル技術活用の主戦場:インフラ保守

 ここ数年、スマートシティやデジタルトランスフォーメーションの取組みの一環として、自治体でのデジタル技術活用への関心が高まっている。地方におけるデジタル技術の活用分野は、自治体での窓口サービスのオンライン化をはじめ、社会福祉、防災、教育、交通、治安、産業、農林水産などあらゆる領域に広がっている。その中でも“主戦場”のひとつとされているのが、道路、橋梁、トンネル、河川、港湾などのインフラ保守の領域である。
 インフラ保守には多くの人手、熟練技術者の経験・ノウハウ、多大な労力や危険を伴う作業、コスト低減の要請など、デジタル技術が威力を発揮し得るあらゆる課題が存在する。国土交通省はインフラ保守のための新技術の開発・導入に積極的に取り組んでいる。また、多くの地域で、自治体と企業がタイアップして実証実験やサービスの実装が進められている。こうした取組みの中でも、特に実用化が進展している分野が道路の舗装の点検・診断である。橋梁やトンネルのような複雑な構造物の場合、万が一、問題の兆候を見逃してしまうと大事故につながりかねず、デジタル技術の導入にも慎重にならざるを得ないが、道路の舗装については、生活道路などであれば、一つのひびを見逃したからといって直ちに大事故につながる可能性は低い。データに基づき一定の確率で妥当な判断を導き出すデジタル技術に向いた領域と言える。

2. インフラ保守へのデジタル技術活用の意義

 インフラをいかに保守するかという課題は、自治体にとって年々深刻なものとなりつつある。総務省が2018年にとりまとめた「自治体戦略2040構想研究会」報告書では、今後、建設後 50 年以上経過する施設の割合が加速度的に高くなり、2032年には道路橋、河川施設、港湾施設で過半数を占めると予測されている(*1)。老朽化したインフラが増える一方で、インフラの維持管理のための予算は減少傾向にある。2012年に9名が犠牲となった笹子トンネル天井板落下事故の発生後、国土交通省はインフラ点検の強化に踏み出し、2013~2015年にかけて全国で「道路ストックの総点検」を行うとともに、主要道路について5年ごとの点検を義務付けるなどの制度整備を進めてきた。しかし、現状、特に市町村道では自治体の財源不足のため、8割以上の道路が、上記の「総点検」ではじめて点検を行ったきりとなっているか、そもそも一度も点検されず放置されている(*2)。このままではいずれインフラの老朽化が進み、地方の生活基盤としての交通にも支障が起きかねない。
 道路の点検・診断は、道路に空いた穴ぼこなどの問題をモグラ叩きのように潰すためだけに行うものではない。損傷が進行する前に予防的に補修を行うことで、結果としてライフサイクルコストを低減することが真の目的である。計画的な管理を行うことで、ライフサイクルコストは約15%縮減できると試算されている(*3)。例えば、アスファルト舗装は大きく表基層、路盤、路床によって構成されるが、表基層の損傷を放置していると雨水の浸透などによって路盤以下の損傷が進行する。路盤まで損傷した場合、その修繕費用は表基層のみの場合の3倍以上、工事期間は4倍以上かかるとされる(*2)。予防的な点検・診断を適切に行うことで、こうした費用の発生を回避または抑制できる。
 従来、道路の点検は点検員による徒歩又は車上からの目視による確認か、専用の路面性状測定車によって行われていた。目視による点検は、多くの時間と工数を要し、通行規制もかけなければならない。また、路面性状測定車を用いた従来型の点検は高精度で、業務も効率化されるが、高コストである。市町村が道路の点検を進められないのは、こうした制約条件によるところが大きい。

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 こうした課題認識を踏まえ、最近、活発に開発が進められているのが、デジタル技術を活用し、スマートフォンなどを一般車両に搭載するといった簡易な仕組みだけで、効率的に道路の舗装を点検・診断するシステムである。国土交通省も、国道向けの点検の指針を示した「舗装点検要領」において、「点検手法は、目視(車上・徒歩)を基本としつつ、新技術の積極的な採用に向け、必要に応じて機器を用いることを妨げない」とするなど(*4)、こうした新たなシステムの利用を後押ししている。

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 こうしたシステム(以下、本稿では「簡易路面点検システム」と呼ぶ)では以下のようなメリットが期待できる。

[簡易路面点検システムのメリット]

低コスト化・省力化:従来の目視点検や路面性状測定車による点検の半分以下のコストで実施できる(5~6万円/km ➡ 1~2万円/km)[注:測定できる指標の種類や診断の精度が異なるので、費用対効果は単純比較できない]。(*5)。この結果、同じ予算でより広い範囲をカバーすることも可能となる。
診断の客観性の確保:点検員による判断のバラつきを抑えることができる。
専門技術の継承:道路の診断を的確に行うためには、専門知識や経験が必要となるが、自治体内の土木の専門技術者は減少傾向にあり、熟練技術者からの技能の継承も困難となっている。そうした暗黙知をAI化を通じて継承していくことが可能となる。
デジタル化・自動化:結果がデジタルデータとして得られるので、それを用いて従来はチョークで行っていたひび割れのマーキングを電子地図上で行ったり、道路ネットワーク全体の状態を可視化し、修繕計画に役立てたり、後工程としての記録や報告書作成の自動化・効率化なども一気通貫で行える。

このように、財政難、業務負荷、人材難に悩む多くの自治体にとって、簡易路面点検システムは様々な便益をもたらし得る。

3. 舗装点検・診断のデジタル化とは

 国土交通省による道路の舗装点検の指針である「舗装点検要領」では、舗装の点検によって得られた情報を診断する方法として、以下の3つの指標を挙げている。なお、これらは日本の道路の大部分を占めるアスファルト舗装のための指標である(コンクリート舗装では異なる指標を用いる)。
ひび割れ率:ひび割れが路面をどの程度覆っているか(筆者注。以下同)
わだち掘れ量:わだちがどの程度の深さに達しているか
③IRI(路面の平たん性を評価する指標):路面の凸凹はどの程度か

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高速道路をはじめ道路の損傷の進行が速い主要道路では、これらの指標によって5年ごとに点検することが求められている。これに対し、市町村道をはじめ損傷の進行が緩やかな道路については、診断方法や点検間隔は道路管理者(市町村道であれば市町村)に委ねられている。20トンの大型車が舗装に与えるダメージは乗用車の16万倍にも上るとされる一方(*6)、生活道路などではメンテナンスをせずとも長期間にわたり状態が維持される場合もあるなど、一律のルール化になじまないからである。ただし、実務上は、市町村であっても、上記の3つの指標の全部又は一部を利用している。
 こうした診断にデジタル技術を用いるわけである。
 ①はAIによる画像解析によって路面のひびなどを検知し、損傷の程度を評価する。この場合のAIは、大量の路面の画像データを収集し、損傷の有無などのタグを画像に付けて読み込ませることでAIに損傷のパターンを学習させる、いわゆる教師あり学習が用いられている。学習のために、各社とも数千枚から数万枚のタグ付き画像を用意する。一般に、利用する教師データが多くなるほど画像認識の精度は向上するので、このプロセスはAI開発の中でも最も重要で、手間のかかる工程となる。なお、東京大学の東京大学生産技術研究所は、収集した機械学習用データをオープンデータとして公開している(*7)。
 画像解析の精度は、熟練技術者による判断には及ばないものの、前述のように、舗装の点検・診断では、必ずしも完璧な正確性までは求められないことから、既に実用化レベルに達している。

[AIの作成と使用]

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 ②は会社によって測定方法が異なる。画像認識AIを用いる会社もあれば、十分な精度が得られずセンサーやレーザー測定器などに切り替えた会社もある。
 ③はスマートフォンなどの加速度センサーを利用して路面の凸凹を検知し、平たん性を評価するものである。
 そして、前述のように、解析結果のデータは、地図上にマッピングして補修計画の策定に利用したり、記録や報告書を自動生成したりする形で、業務の効率化・自動化に寄与することになる。
 路面損傷のデジタル化がインフラ分野の中でも最も実用化が進んでいるのは、以上のような理由による。

4. 各社のサービスの特徴

 近年、AIやIoTなどのデジタル技術を得意とするIT企業と、道路メンテナンスの実績とノウハウを持つインフラ企業がタイアップし、相次いで、簡易路面点検システムのサービスを展開している。なかでもAIの活用を前面に打ち出しているサービスとしては以下が挙げられる。

[AIを活用した各社の簡易路面点検システム]

- 「道路路面診断ソリューション」…NTTフィールドテクノ、NTT西日本、NTTコムウェア
- smart路面点検サービス…チレキ、NTT東日本、NTTコムウェア
- マルチファインアイ(舗装損傷診断システム)…福田道路、NEC
- くるみえ for Cities…NEC
- 道路管理画像を用いた路面評価システム…西日本高速道路エンジニアリング中国
- My City Report for road managers(道路損傷検出サービス)…東京大学生産技術研究所、ジオリパブリックジャパン、社会基盤情報流通推進協議会、アーバンエックステクノロジーズ
- 路面モニタリングサービス…リコー

ただし、上記以外に、路面性状測定車を開発・運用してきた企業でもAIの開発は行われている。

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 さて、ひと口にAIを利用したサービスと言っても、その内容は企業によって大きく異なる。各社のサービスには以下のような点で差異があり、それぞれ特徴あるサービスを展開している。

[各社のサービスのバリエーション]

対応する損傷:3つの指標すべてに対応/一部の指標のみ対応
利用する車両:一般車両を使用/路面性状測定車を使用
利用する機材:ドライブレコーダー/スマートフォン/ビデオカメラ
価格:0.9~5万円/km
作業速度:0km/h~80km/h
ほかにも性能(損傷に係る判断の精度)や業務支援機能(地理情報システムとの連携や、損傷箇所の記録、レポート作成機能)などもサービスによって大きく異なっており、選定にあたっての大きなポイントとなる。なお、点検・診断をAIではなく従来通り人間が目視で行い、その結果を簡易に入力する仕組みを設けることで作業を効率化するといった、業務支援機能だけに特化したサービスを提供している企業も多い。
 表はAIを活用した簡易路面点検システムを比較したものである。

【表:AIを活用した各社の簡易路面点検システムの比較】

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 どのサービスが優れているかは一概にはいえない。3つの指標すべてについて高精度な分析を必要とする自治体もあれば、一部の指標で安価に診断できれば足りるという自治体もあるだろう。実際、市町村道では、わだち掘れ量は特段注意すべき指標ではないとされている(*8)。各自治体の道路維持修繕計画等に沿って最適な選択肢を選んでいく必要がある。

5. 今後の展望

 簡易路面点検システムは、雨天や夜間に弱い、イレギュラーな損傷には対応できない、車両によっては一定の道幅が必要といった様々な制約がある。そもそもまだ発展途上のシステムであり、実用化レベルに達しているとはいえ、現在も技術開発が進められている段階である。現在主流となっている点検員の目視や路面性状測定車による点検がすぐになくなることはない。当面は、重要度の高い幹線路線は従来型の手法で、これまで点検が行き届いていなかった生活道路は簡易な手法で、といった棲み分けが行われることになるだろう。もっとも、簡易路面点検システムも、今後の技術進歩によって、より高い精度で、より安価なサービスを利用できるようになると期待できるし、サービス全体としての自動化・効率化もさらに進んでゆくだろう。
 同様のサービスは諸外国でも展開されている。例えば、米国のRoadBotics, Inc.の"Standard Pavement Assessment RoadWay Platform"は、米国内34州250以上の自治体、世界14か国に日本と同様のサービスを展開している(*9)。なお、同社のサービスでは、道路清掃業者やデリバリー業者、輸送業者などと提携し、各事業者に車載したカメラからデータ収集し、精度を向上させるなどの工夫を行っている。
 本稿ではアスファルト舗装の点検を中心に解説してきたが、コンクリート舗装では評価方法はまったく異なる。コンクリート版のつなぎ目やそこを埋める目地の補修が重要となる一方、あらかじめ設計されたひび割れ幅の小さいひび割れは損傷に該当しない(*10)。また、橋梁上の道路の保守も異なる観点からの点検・診断が必要である。これらの領域でもAI等のデジタル技術の活用に向けた実証実験やサービス開発がさかんに行われている。別の側面の工夫として、以前、筆者の記事で取り上げた市民通報システムとの連携も一部のサービスで行われている。国土交通省も、こうした情報も含めて道路ネットワークの状況を把握し、維持修繕に反映していくことを期待している(*11)。こうした仕組みを有機的に組み合わせることで、道路の中でも重みづけを行い、路線や区間によって、A)目視又は路面性状測定車/B)簡易路面点検システム/C)市民通報システムといった振り分けで役割分担していくことも考えられる。これがうまく機能すれば、点検を重点化することで、より広範囲の道路をカバーすることも可能となる。
 このように日本の道路のメンテナンスは、インフラ保守を巡る自治体のひっ迫した状況を背景に、今後着実にデジタル化とそれに伴う業務・サービスの改善が進み、発展していくと見込まれる。そして、その技術やサービスがどこまで進歩するかは、我々の将来の生活に大きく関わってくることになると考えられる。

[出典]

*1 自治体戦略2040構想研究会 第一次報告, 2018.4, p.17
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/jichitai2040/index.html
*2 国土交通省,舗装点検要領について,p.12, p.14
https://www.road.or.jp/event/pdf/201708211.pdf
*3(公財)日本道路協会,舗装点検要領に基づくマネジメント指針,2018.9,p.108
*4 国土交通省 道路局 国道・防災課,舗装点検要領,2017.3,p.8
https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/yobohozen/tenken/yobo3_1_10.pdf
*5 国土交通省「『路面性状を簡易に把握可能な技術』の試験結果を公表します」(2018.12.28)で公開された実証実験参加企業のうち、ひび割れ・わだち掘れに対応していない企業で比較すると、
・非AI活用型サービスの料金の平均=2.58万円/km
・AI活用型サービスの料金の平均=1.39万円/km
の結果となった。
*6 国土交通省,これからの舗装マネジメント,2016.9,p.2
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/road01_sg_000312.html
*7 My City Report for road managers Githubサイト
https://github.com/sekilab/RoadDamageDetector
*8(公財)日本道路協会,舗装点検要領に基づくマネジメント指針,2018.9,p.139
*9 RoadBotics, Inc. https://www.roadbotics.com/
*10 (公財)日本道路協会,舗装点検要領に基づくマネジメント指針,2018.9, p.71
*11 国土交通省 道路局,舗装点検要領,2016.10,p.17

(E.K.)

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