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地域課題解決への住民参画をしくみ化するスマートシティの基本機能:市民通報システム

本稿では、最近自治体で導入が拡がっている市民通報システム(道路の損傷や街灯切れなどの街の問題を、アプリを通じて行政に通報するしくみ)について、そもそも導入にどんな意義や効果があるのか、サービスとしてどんなバリエーションがあるのかを実際のサービスや自治体での導入事例に基づいて整理します。また、導入前には見えにくい導入・運用上の課題も、市民通報データの分析結果を織り交ぜつつ解説します。
市民通報システムの導入や利用に関心を持つ方が必要な個所を参照し、実務的な参考としていただくことを目的としています。

1. 住民参画型の地域課題解決

地域課題解決への住民参画の必要性が指摘されて久しい。多くの自治体は、過去の人員削減によってぎりぎりの体制に追い込まれており、財政状態も少子高齢化の影響で悪化の一途を辿っている。その一方で、対処すべき地域課題はますます多様化・複雑化している。行政がすべての地域課題に対応し続けることはもはや不可能となりつつある。

こうした中、住民の参画を得て、公民協働で課題解決に当たろうとする取り組みが各地で展開されているが、実際には十分に機能していないことが多い。取り組みの多くは、イベントや施設計画への参画といった一過性の活動や、福祉事業などでの実質的な行政サービスのアウトソーシングなどに終始している。こうした中で、本格的な公民協働の枠組みとして機能しつつある数少ない例の一つが、市民通報システムである。

1) 市民通報システムの概要
市民通報システムとは、道路の損傷や街灯切れなどの街の問題を、アプリを通じて行政に通報するしくみである。従来は住民はこうした問題を見つけた場合、電話や役所の窓口で通報しなければならなかったが、住民にとって行政への通報は敷居が高いし、通報できる時間帯も限られている(例えば、千葉市の例では、市民通報者の主力は会社勤めのミドル男性であり、平日日中の通報は難しい)。また、自治体側でも口頭での説明では状況の把握に手間がかかる。これをアプリを通じて行うことで、住民はいつでも気軽に通報を行うことが可能となり、迅速な問題解決を図れるようになる。また、自治体側でも早期に問題を把握できるようになるうえ、送信される画像と位置データによって正確な情報を入手でき、スムーズな事務処理が可能となる。

市民通報システムの基本的な処理の流れはほぼ共通している。住民は道路の陥没などの問題を発見した場合、市民通報システムのアプリを起動し、
(a)カメラで問題個所の撮影
(b)地図上での場所の指定
(c)問題のタイプの選択(例:道路の陥没、街灯切れ…)
(d)問題の状況の補足説明
を行う。a~dの操作の順序はシステムによって異なっており、dの機能は設けないシステムもある。通報を受けた自治体はアプリで提供されたデータを活用して事実確認を行い、問題の解決を図る(図1)。

【図1:市民通報システムによる問題解決の流れ】

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2) 市民通報システムというネーミング
「市民通報システム」は実は、正式名称ではない。システムとして備えている基本機能はどの自治体でも共通しているのだが、特に共通の名称が定まっていない。システムの特性やカバーする問題の範囲、あるいはフィーリング(?)に応じて、自治体毎に様々に呼称されている。システムに(愛称ではなく)呼称を与えている自治体は確認できたかぎり48団体あったが、この中だけで31種類もの呼称がある。この中で最も多い呼称は「市民通報システム」である(表1)。

【表1:市民通報システムで多い呼称】

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筆者は、このシステムの対象には、道路以外も含まれ得ること、地域社会への当事者意識を持つ「市民」の参画が不可欠であること、単なる報告ではなく、受け手である行政側への行動を期待する「通報」であること、行政が一方的に提供するサービスというより行政と市民の協働のしくみを構成するための「システム」であることから、一般名称としては、上記の“多数決”にしたがって「市民通報システム」と呼ぶのが妥当ではないかと考えている。人によっては、犯罪や不正、事件の110番通報や公益通報などを連想し、違和感を感じるかもしれないが、他によい言葉が見当たらないので、本稿ではこの呼称で通すこととしたい。

3) 市民通報システムの導入状況
この記事を執筆している2020年11月末時点で、市民通報システムの導入自治体は既におよそ70に達しており、現在も増加の一途を辿っている。市民通報システムは、公民協働を体現する枠組みであるだけでなく、現在自治体に求められているデジタル技術による社会課題の解決、さらにはスマートシティの推進といった今日的なテーマにもよくマッチしており、AIやIoT、ビッグデータ解析などを駆使する他のデジタル技術と比べて技術も成熟し安定しているため、導入しやすい。

市民通報システムの導入が拡がっているのは日本だけではない。諸外国でも、特にスマートシティに取り組む都市では大抵これに近い施策がメニューに含まれている。もともとこのしくみ自体、2007年に英国で開始されたFixMyStreetというサービスが基になっており、ほぼ同時期に、米国でサービスが開始されたSeeClickFixとともに、現在の市民通報システムの原型を形作ることとなった。日本ではこれらの国より少し遅れて、2013年にFixMyStreet Japanが、2014年に千葉市の「ちばレポ」がサービスを開始したのを皮切りに、様々な自治体に導入が拡がっていった。

2. 市民通報システムの効果

では、市民通報システムによって、自治体や住民はどんな便益が得られるのか。冒頭で市民通報システムの意義に触れたが、自治体の広報資料等で示されている認識をひととおり抽出・整理してみたい。

1) 一般的に期待できる便益
市民通報システムの導入によって期待できる便益は、住民側・行政・地域の3つの側面にわたる。住民は、いつでも気軽に、問題を行政に通報できるようになり、行政は、画像や位置情報によって、問題の状況をより的確に把握できるようになる。その結果、地域全体として、問題がより早期に解決されるようになる。福岡市に市民通報システムを提供しているLINE Fukuokaは、住民側の効果と行政側の効果を以下のようにやや定量的に推計している*1。通報内容の確認やシステム登録などの手間の効率化によるものである。
市民側:10分/件 →2分/件
行政側:45分/件 → 35分/件

ただし、市民通報システムの意義は、こうした個別問題への対処のアプローチにとどまらず、従来の住民と行政の関係性そのものに一石を投じる革新性を有する。
①行政と住民のコミュニケーション方式の変革:アプリを介することで、住民-行政間のコミュニケーションが整流化され、スムーズで効率的かつ正確になる。
②地域課題解決の当事者意識の変革:これまで行政任せであった地域課題の発見・解決に住民が主体的に関わる機会を得ることになる。

【表2:市民通報システム導入で一般的に期待できる便益】

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2) 自治体施策との紐づけ
自治体によっては、市民通報システムをより大きな政策目的の達成手段の一部として位置づけ、他の施策と有機的に連携させることで、さらなる効果の発揮を追求している。典型的な例を2つ挙げてみよう。

・住民による地域課題解決活動への参画の促進
千葉市の「ちばレポ」は、そのサブタイトル「ちば市民協働レポート」に見られるように、住民参画の重視を特徴としている。ちばレポでは、通常の市民通報システムの機能に加え、そのときどきのテーマを定めて住民にゲーム感覚での参加を促す「テーマレポート」(例:身近な生き物さがし)*2や、住民自身で問題解決したことを報告する「かいけつレポート」などの機能も備えている。また、徹底したオープンさも特徴の一つである。ちばレポでは、通報内容は原則として機械可読・二次利用可能なオープンデータとして公開されている*3。これらは数ある行政のオープンデータの中でも特に価値の高いデータであり、筆者も学術論文の作成に大いに活用させていただいた*4。

・道路点検業務の効率化
某市では、道路の点検業務効率化に向けた施策の一環として市民通報システムが導入された。これにより、道路保全の計画管理の強化等の他の施策の効果も含めた成果ではあるが、図2に示すように、電話受付本数が1~2割減少、点検パトロールの回数が3年間で半数以下に削減されている。もっとも市町村道についていえば、8割以上の道路は定期的な点検は行われていないので、上記自治体はどちらかといえば例外である。道路を早期に修復し、状態を保全することは道路の寿命を延ばし、ライフサイクルコストを抑えることになる。したがって、多くの自治体にとっては、市民通報システムによって、今までできなかったことができるようになる、という側面の方が大きいだろう。

【図2:市民通報システムを活用した道路保全業務効率化の例】

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もちろん市民通報システムは万能ではない。市民通報システムを導入したからとて行政による道路の点検が必要なくなるわけではない。幹線道路のように、複雑な構造を持ち、経済社会の動脈ともいえる重要なインフラの保守を市民通報のみに依存することは不可能である。問題が発生する前に計画的な点検によって予防する必要があるからである。しかし、道路の大半を占める非幹線道路・生活道路では、道路にひびが入ったからとて、直ちに大事故につながるリスクは小さいし、すべてを完璧に保全し続けることは困難である。こうした道路での問題発見については、少なくとも市民通報システムを活用することで、点検を重点化できる可能性がある。

3. 市民通報システムの類型

市民通報システムにおける処理の流れは、国内外を問わずどの自治体でも概ね共通しているが、業務運用面では、自治体によってかなりの違いが見られる。以下、問題カテゴリの設定、公開方式、システム方式という3つの切り口で、どのようなパターンが存在するかを整理してみよう。

1) 問題カテゴリの設定
市民通報システムが取り扱う問題の範囲は、自治体によって様々である。ほとんどの自治体は道路の問題を対象とする点は共通しているが、それ以外に公園の設備や公共施設、河川などを対象としているものもある。問題の区分の仕方も様々である。道路の問題を単一のカテゴリで括っているシステムもあれば、より細かく、道路照明やカーブミラー、ガードレールなどの区分を設けている自治体もある。

典型的なカテゴリを抽出・整理すると、概ね表3の「1.典型的なカテゴリ」のようになる。かなり多岐にわたるが、一つの自治体で設けているカテゴリは、1つから多くても10未満であり、同表にある英国のFixMyStreetで20ものカテゴリが設けられているのと比べると、押しなべてシンプルである。また、自治体によっては、他の自治体には見られない、.地域の実情に応じた「2.ユニークなカテゴリ」も設定されている。

【表3:問題のカテゴリの例】

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市民通報システムでは、通報に対応するための業務体制が整備できれば、どのようなカテゴリでも自由に設定することができる。自治体ならではオリジナリティを発揮できる場面でもある。

自治体によっては、市民通報システムの元々の目的である地域道路の補修(FixMyStreet)を離れて別の施策目的に特化したシステムを導入している。例えば、以下のような例である。
・路上違反広告物等通報システム(伊丹市)
・受動喫煙SOS情報受付窓口(千葉市)
・サルなど目撃通報(都城市)

2) 公開方式
市民通報システムを運用しているほとんどの自治体では、市民通報の内容と問題への対応結果を公開しているが、その公開方式は次の2つに分かれる。

逐次公開型:原則として、すべての案件の進捗状況を逐次公開
(ただし、公開にそぐわない案件は自治体側でブロックできる)
定期公開型:非公開で運用し、定期的に結果をまとめて公開(多くの場合は月毎)

前者の場合、対応結果だけでなく、解決までの過程も都度、公開していることが多い。例えば、FixMyStreet Japanでは、次のようなステータスの区分が設けられて公開されており、問題解決の進捗状況をいつでも、誰でも確認できるようになっている。

「投稿, 確認中, 議論中, 連絡済, 対応中, 対応予定有, 解決済, 対応不可」

後述するように(4.2)、一般に通報者は自らの通報がどのように対処されているかを気に留めており、解決が長引くと以降は市民通報に参画しなくなる傾向がある。こうした参画者を引きとどめるうえで、解決の進捗状況を共有することは有効であると考えられる。逐次公開型であれば、通報者以外の住民も「現在の対応状況が把握できる」便益(表1③)を享受することが可能となる。また、定期公開型であっても進捗状況をメールで通知する機能を備える市民通報システムもある。

3) システム方式
システム方式には、大きく①企業や研究機関が提供する共通のプラットフォーム上でサービスとして提供されるもの(SaaS型:サービス利用型)、②プラットフォーム上に自治体別のアプリケーションを構築するもの(PaaS型:プラットフォーム利用型)、③自治体独自のシステムとして構築・運用するもの(個別構築型)がある(図3)。

【図3:市民通報システムのシステム運用方式の類型】

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それぞれの方式について、国内の代表的なサービスの例に基づいて、特徴を整理してみよう。

①SaaS型(サービス利用型)
FxMyStreet Japan(まちもん)
特徴:日本における市民通報システムの草分け的存在。元祖である英国のFxMysStreetを基に独自に開発された。自治体間での機能は基本的に共通化されている。このため、独自のカスタマイズはできないが(災害時情報集機能等のオプションはある)、比較的簡易に導入・運用が可能である。問題カテゴリの設定は自由に行える。
公開方式:逐次公開型(市民・行政間での中立性を重視し、自治体側の承認なしに原則即時公開)
システム方式:SaaS型(各自治体でカスタマイズはできない)
システム開発・運用:ダッピスタジオ合同会社
導入自治体:半田市、別府市、郡山市、生駒市、いわき市、熊谷市、安曇野市、渋川市、妙高市、仙台市、須賀川市、東浦町、湯沢市、四日市市、中津市、大仙市、登米市、柏崎市、亀山市、二戸市、青森市、海南市、喜多方市

My City Report for citizens(市民協働投稿サービス)
特徴:FixMyStreetJapanとともに、日本の市民通報システムの草分け的存在である千葉市の「ちばレポ」をベースに産学官連携で開発が進められてきた。前述のとおり住民との協働が強く意識した、「テーマレポート」「かいけつレポート」などの「ちばレポ」以来の機能も引き継がれている。加入自治体は、スマートフォンの画像を用いて道路の損傷をAIで自動判定する「My City Report for road managers 道路損傷検出サービス」も利用可能。
公開方式:逐次公開型
システム方式:SaaS型(各自治体でカスタマイズはできない)
システム開発・運用:運営事務局(東京大学生産技術研究所(研究代表:関本研究室)、ジオリパブリックジャパン、(一社)社会基盤情報流通推進協議会)、株式会社アーバンエックステクノロジーズ
導入自治体*5:千葉市, 和歌山県, 尼崎市, 加賀市, 高島市, 塩尻市, 高松市, 東広島市, 富士市, 花巻市, 大津市, 和歌山市, みよし市

②PaaS型(プラットフォーム利用型)
[LINE]
特徴:自治体のLINE公式アカウント上でトーク機能を用いて通報を行う。自治体が住民との双方向コミュニケーションのために用意する他の機能(災害時情報提供等)と併せてメニューの一つとして提供されることが多い。LINEという共通のプラットフォーム上で、様々なサービスの一つとして利用できるので、住民にとって、独自のアプリを使わなくて済むところが利点。チャットボットとして対話型で通報を行う仕組みとすることも可能。なお、プラットフォームとなるLINE公式アカウントは、自治体には「地方公共団体プラン」が適用されるため無償で利用できる*6(市民通報向けのアプリの開発は別途必要)。また、LINE Fukuokaは2020年10月から市民通報システムのソースコードを無償公開している*7。
公開方式:自治体による
サービス方式:PaaS型(LINEのプラットフォーム上にアプリを開発)
システム開発・運用者:プラットフォームはLINE株式会社、アプリは自治体によって異なる企業が提供している。例えば、以下の企業が挙げられる。
(LINE Fukuoka株式会社、transcosmos online communications株式会社、GoMA(ゴーマ)株式会社、モビルス株式会社ほか)
導入自治体:富田林市, 四條畷市, 芦屋市, 福岡市a), 武蔵野市b), 清須市、熊本市b)、小牧市、小矢部市、堺市a)、宝塚市, 松山市b), 鎌倉市c), 福島市, 長岡市a)
なお、各自治体にアプリを提供している企業を把握できた範囲で以下に挙げておく。
*a) モビルス株式会社株式会社
*b) transcosmos online communications株式会社
*c) GoMA(ゴーマ)株式会社

[Twitter]
特徴:自治体のサイトとTwitterを連携させ、通報内容がTwitter上にハッシュタグ付で投稿されることで情報共有される仕組み。SNSの特徴を活かし、自治体側はTwitter上でのリプライによって対応状況の報告が行われる。地図情報とも連携しており、誰もが地図上で問題を確認することができる。
公開方式:逐次公開型
システム方式:PaaS型(Twitterのプラットフォームを利用)
システム開発・運用者:プラットフォームはTwitter社、アプリは平塚市の例では、同市と東海大学が連携して開発
導入自治体:平塚市

③個別構築型
アーバングラフィック社
・概要
:他の主要サービスがクラウド型であるのに対し、同社が提供するシステムは個別に構築されるので、システムの運用方法も自治体によって異なる。独自にシステム環境の整備が必要となるが、その分、他システムとの連携など自由な設計が可能であり、自治体職員用に特化したメニューや、国土地理院地図やOpen Street Mapといった標準の地理情報以外に、自治体が保有する地図データも利用可能となっている。また、個別構築といっても基本パッケージは整備されているので、短期間で各自治体の要望を取り入れたシステムの構築・運用開始が可能。
公開方式:自治体による
システム方式:個別開発型
システム開発・運用者:株式会社アーバングラフィック
導入自治体:相模原市, 豊中市, 座間市, 東京都練馬区, 福山市, 松本市, 綾瀬市, 京丹後市, 町田市, 東京都大田区, あきる野市

以上が日本で主流となっているアプリベースのシステム方式だが、それ以外にも、
・ウェブサイト上に投稿用のフォームを配置したシステム(守口市、逗子市、伊丹市)
・電子申請システムのメニューとして市民通報を組み込んだシステム(高岡市)
・地図情報システムに市民通報機能を組み込んだシステム(奈良市)
など、様々なシステム方式が見られる。

4. 導入・運用に当たっての課題

市民通報システムの導入・運用においては、システム方式に関わらず、どの自治体でも、①組織内で円滑な業務連携を図るための役割分担や業務フロー、情報管理ルール等の体制整備、②市民通報システムの主役である住民の参画を促すための広報が重要となる。他方で、以下の課題については自治体毎の条件に応じて異なる対応が求められる。

1) 利用者視点でのサービス設計
市民通報システムは、住民の任意の参画が前提のシステムであり、それがなければ意味をなさない。利用者目線でサービスが設計されているかが如実に利用件数に反映される厳しいシステムともいえる。このため各システムともに、それぞれが重視する価値や政策目的に基づいて、異なるアプローチで利用者体験の向上に取り組んでいる。

例えば、My City Report for citizensは、公民協働への参画を意識する市民にとってのユーザー体験を追求したサービスであるし、LINEを使用したサービスは、他のサービスも含めた行政とのコミュニケーションのワンストップ化という観点でのユーザビリティを追求したサービスであるといえよう。

2) リピーター維持のための運用体制の構築
活発に利用されている市民通報システムは、特定のリピーター層によって支えられるところが大きい。前述のちばレポのデータによれば、市民通報件数全体の約半数が、わずか5.6%の通報者によって担われている(図4)。

【図4:リピーターによる市民通報システムの貢献度合】

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そして、同データの分析結果から、こうしたリピーターは次のような行動特性を持つことが明らかになっている*7。

・自身の居住場所を超え、幅広い地域で通報を行っている
・一つのカテゴリの問題に限らず、様々なカテゴリの問題を通報している
・自発的に地域課題解決に取り組む「かいけつレポート」にも参加している
・市民通報の内容を短い言葉で、実務的に報告する傾向がある

すなわちリピーターは、自らの生活上の問題を解決したいからではなく、地域課題の解決に主体的に参画するために通報を行っているといえる。

また、リピーターは、次のような行動の特性も持つ。
・短時間で解決できる問題を選好する
・解決までの期間が長いと市民通報をやめてしまう確率が高まる

すなわち、リピーターを維持するためには、通報に対して短時間で解決できる体制を整え、期待に応え続けることが重要となる。

3) 対処の難しい通報者の存在
通報者の中には、ごく少数だが、以下のように対処の難しい通報を行おうとする者もいる。

・同じ通報を立て続けに何十回も送ってくる
・怒りに任せて、きわめて激情的なメッセージを送ってくる
・言っていることが支離滅裂である
・1つの通報でいくつもの不満をぶつけてくる

こうした通報があり得ることも予め想定しておくことが必要となる。解のひとつは定期公開型にすることであるし、逐次公開型であっても、例えば、前述のGoMA(ゴーマ)社のサービスでは、
・同一人物の通報回数や頻度を管理画面上で管理する
・同社が用意した動線に沿ってしか、通報できないチャットボットの仕組みを採用する
といった対策を講じることで問題発生を未然防止している。

4) 個人情報とのデータ活用との関係性
自治体の中には、個人情報保護の観点から、そもそも利用者の属性情報(年齢や職業など)の入手を避けたり、入手した位置情報や画像情報を公開しないところもある。しかし、利用者の属性はサービス改善にとって非常に重要な意味を持つし、市民通報データは地域の状況を把握・分析するのに有用な情報を多分に含んでおり、これを分析することで様々な示唆を得ることが可能である。あまり安全サイドに寄せすぎてしまうと、せっかくのデータを活用する機会を逸してしまう。
千葉市は、一定のスクリーニングをかけた上で、属性情報、位置情報も含めてすべてオープンデータとして公開している。こうしたデータを分析することで、例えば、筆者の研究では、市民通報件数が多い場所では犯罪発生率が高くなる、人口の社会動態が大きい場所では市民通報の件数が多くなる(つまり住民のストレスが増す)、といったことも明らかになっている*8。

5. 今後の展望

冒頭述べたように、市民通報システムは、行政の業務効率化と住民サービス向上に住民参画型で取り組み、成果を挙げている事例の一つであり、諸外国の多くのスマートシティの取り組みでも、基本的な構成要素の一つとなっている。技術としても成熟しており、導入のハードルも高くないことから、今後、他の多くの自治体でも導入が進んでいくと思われる。

その際、重要なのは導入そのものではなく、いかに利用率を高め、成果を挙げていくかである。そのためには目的意識を明確にすることが必要であり、それにより選択するシステム方式も異なってくる。また、より効果を発揮するためには他の施策との連携が重要となるし、サービスの利便性、ひいては住民による参画を繋ぎ留め、サービスの持続可能性を高めるためには、組織ぐるみで体制を整備することが重要となってくる。市民通報システムは、システムとしては軽量級だが、業務・サービス面では意外に奥が深く、総合的な検討が求められる取り組みといえる。

また、市民通報システムは、前述のように地域の状況を把握するためのデータをもたらし得る。市民通報データは、大きな可能性があるが、まだ研究が進んでいない未開拓領域である。ぜひ多くの自治体が、市民通報データの積極的なオープンデータ化を図り、地域の状況の分析に活用されることを期待したい。

[出典]

*1 https://linefukuoka.co.jp/ja/project/smartcityproject/casestudy/report/
*2 https://www.city.chiba.jp/kankyo/kankyohozen/hozen/r1_ikimonosagashi.html
*3 https://www.city.chiba.jp/shimin/shimin/kohokocho/chibarepo_opendata.html
*4 例えば、狩野 英司, 津田 和彦, 市民通報と地域犯罪発生傾向の関連性分析, 電気学会論文誌C(電子・情報・システム部門誌), 2020, 140 巻, 11 号, p. 1278-1285
*5 このほか東京都建設局も都下自治体と連携して試行運用を行っている(~2022年3月)道路通報システムの試行(東京都建設局)
*6 LINE、地方公共団体を対象に「LINE公式アカウント」を無償化 新プラットフォームにおける「地方公共団体プラン」を5月より受付開始
*7「LINE SMART CITY GovTechプログラム」ソースコード提供本格始動 システム開発事業者向けの説明会も開催決定
*8 Extracting repeater knowledge from citizen report data, Eiji Kano, Kazuhiko Tsuda, Procedia Computer Science, Volume 176, 2020, Pages 2040-2049
*9 Eiji Kano, Kazuhiko Tsuda, Use of a text mining method for classifying citizen report data and analyzing the occurrence trend of local problems, Artificial Intelligence Research, Vol 8, No 2 (2019)

(E.K)

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