次は台湾が危ない~中国の強硬姿勢が止まらない(3/3)
第一週(1/3)と第二週(2/3)は、習近平の台湾政策が当初の穏健政策から急激に強硬化し、香港情勢ともあいまって、台湾市民の反中感情を高めた流れを振り返りました。
第三週(最終週)は、コロナ禍にみまわれた世界において、中国が軍事面での圧力を強化し、不測の事態に至る危険が高まっている状況を概観します。その上で、事態を収めるために、戦略的「あいまいさ」に戻ることの重要性を考えたいと思います。
コロナ禍の中、外交戦に軍事圧力が加わる
20年、21年の国際社会は、何をおいてもコロナ対応でした。中国は、自国からコロナが広がったにもかかわらず、感染の中心が他国に移ると、さまざまな局面でこの機に乗ずる政策に出ています。
中国は、世界各国がコロナ対応に追われる中、南シナ海、東シナ海における挑発行動を強化し、香港への締め付けをさらに強めました。そして、台湾に対してもその動きは活発化しています。
6月、香港にかかる国家安全維持法が施行されると、台湾の人々は「次は台湾がやられれる」という強い危機感を持つようになりました。台湾が否定する「一国二制度」でさえ、香港では事実上守られない事態となったのです。
中国に対して毅然とした姿勢で臨む蔡英文総統に対する支持率は上がり、20年以降は安定的に50%以上、コロナ対策の成功が注目された時には一時70%を超えることもありました。(ただし、21年5月の最新の支持率では、最近のコロナ感染の再拡大を受け、50%を下回ることとなったようです。)
このような中、中国は台湾海峡における軍事的プレゼンスを高め、威嚇的な行動に出ています。台湾を念頭においた軍備増強を進めてきており、特に20年以降、中国軍機が台湾の防空識別圏に進入することが常態化、さらに中台間の中間線を越えることも頻発しています。中国空母「遼寧」などの軍艦艇が台湾海峡を通過したり、周辺海域で訓練を行うようにもなりました。
台湾海峡の澎湖諸島周辺や金門島周辺、馬祖列島周辺では、中国漁船が大量に集結したり、台湾船舶と衝突したりという事態を繰り返しています。これらの中国漁船は中国軍によって動員されていると見られています。
これらの状況をふまえ、21年4月、台湾国防部は「台湾海峡で軍事衝突のリスクが高まっている」とする報告書を公表しました。
もはや、台湾の民進党政権に対する強硬・北風政策、台湾の企業・市民に対する懐柔・太陽政策では、政権を転覆させることはできないと考えたのでしょう。習近平主席は、ついに軍事的圧力の動きに出たのです。中華人民共和国建国75周年にあたる24年、ないし中国軍創設100年の27年までに軍事進攻があるのではないかと警戒する声も高まっています。
半導体サプライ・チェーンの争奪
一方で、コロナ禍によって、世界各国はサプライチェーンの見直しを余儀なくされています。特に中国への依存度が高い国は、その依存を相対化しなければならないと強く認識するに至りました。
中台関係との関連で、特に重要な課題となっているのは半導体の調達の安定です。半導体は、スマートフォンやパソコンの心臓部として世界的に需要が高まっていますが、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が、半導体受託製造の世界シェア(市場占有率)トップで、その割合は6割に迫っています。中国が台湾に対する支配力を高めていけば、今後のデジタル社会における安全保障の観点からも重大な問題が生じます。
中国としても、グローバルなサプライ・チェーンにおいて、自らが不可欠とされるような立場を確保することを目指しているはずです。その観点からも、中国は台湾の半導体製造能力を強力な支配下に置くべく、一層強い行動に出るようになったと見ることもできます。
バイデン政権による台湾支援
アメリカは、貿易赤字解消を最重要視するトランプ前大統領のもとで、米中貿易摩擦の激化など、中国に対して強い姿勢を打ち出しました。その反射的動きとして、アメリカは台湾との関係を急速に強化していきました。
特に、台湾に対してミサイルや魚雷、戦闘機の部品など大規模な武器売却を進め、軍事協力を強化しました。18年3月には、米台間の高官往来を促進する台湾旅行法を成立させ、政権末期には、厚生長官や国務次官など、米中国交正常化後の最高レベルの要人訪台が行われました。
しかし一方で、トランプ政権下では、場合によっては貿易問題の交渉材料に台湾問題が使われるのではないかという懸念もありました。トランプのディール外交のもとで、中国の対米黒字削減の見返りに、台湾を差し出すのではないかと危惧されていたのです。
バイデン政権は、一層の危機感をもって台湾支持の姿勢を鮮明にしています。バイデン政権では、まず21年1月の大統領の就任式に台湾の駐米代表を招待しました。これも米中国交正常化後初めてのことです。
また、第一週(1/3)で述べた日米首脳会談やG7での協調姿勢にもアメリカの台湾支持の姿勢があらわれているほか、21年4月にはアーミテージ元国務副長官らの元政府高官を台湾に派遣し、民主主義の価値を共有する台湾との連携を確認しました。これまで控えていたアメリカ政府の建物内での米台間の接触も認めました。
また、中国の軍事的挑発に対抗するために、アメリカも時折軍艦艇を台湾海峡に派遣しています。トランプ政権時代に大規模化した台湾に対する武器売却も継続しており、台湾支持の姿勢は一層明確になっています。
台湾問題の戦略的「あいまいさ」
リベラル民主主義の価値を信じる私たちとしては、中国が強硬に現状を変更し、自らに都合の良い状況を作り出していくという野望を容認することはできません。特に、それが人権や民主主義を軽視する国の行動であれば、なおさらです。
しかし、過去5年ほどの流れを振り返れば、外交・経済を舞台にした競争が、次第に軍事・安全保障面での危険の様相を呈してきています。このように中国、台湾、アメリカそれぞれが姿勢を硬直化させ続けることは決して得策ではなく、どこかで折り合いをつけなければなりません。
もとはと言えば、中国も台湾との間で「あいまいさ」の中で共存することを認めてきたわけです。「『一つの中国』という共通理解と、各々がその意味内容を表現する」という「一中各表」の考え方は、その典型でした。第二週(2/3)に述べたとおり、そこから中国が一方的に事実上「各表」を落とし、「一国二制度」へと要求水準を上げてきたわけです。つまり、「あいまいさ」を排除し、主権国家として全域に実効支配を拡大しようとし始めたのです。
また、アメリカをはじめとするリベラル民主主義の国にとって、中国との付き合いというのも「あいまいさ」の中で維持してきたものです。70年代に中国北京政府の存在を国際社会が受け入れた時に、それは始まりました。どのように目をつぶろうとも、この巨大な国の存在は認めないわけにはいかなかったわけです。さもなければ、世界が世界として回りません。
その中で、公式には多くの国が中国と外交関係を開設・維持しつつも、自由・民主という価値を共有する台湾を重視し、そのような価値を軽視する北京政府に台湾が飲み込まれることを嫌ってきました。アメリカは事実上軍事的にも台湾を守ってきました。かたや、北京政府を承認していながら、「一つの中国」の中でその政府に従わない政体である台湾を支援してきたのです。
早晩、中国は世界第一の経済大国になるでしょう。いかに人権保障や民主主義を軽視するけしからん国であっても、その存在は事実として見なければなりません。政治的にも経済的にもデカップリングはできません。
今後も価値観のレースは続くでしょう。そして、リベラル民主の価値が本質的に重要であることは不変です。しかしその価値を中国が理解するのにはまだ時間がかかります。引き続き、異なる「正義」のもとで共存していくほかないのです。
そのためには、健全なレースのトラックに戻れるよう、まだしばらくは「あいまいさ」の中に解決策を求めるしかないと思います。今であれば、まだそこに戻る余地はあります。
軍事衝突の危険
恐らく、中国は、ロシアがクリミアを併合した時のことをよく覚えています。国際社会は非難の声を上げ、ロシアはG8から追い出されました。それでもプーチン政権は安泰です。中国はロシアと同じく、安全保障理事会の常任理事国として拒否権を有しています。ましてや、経済力では中国はロシアの遙か上を行っています。
ロシアがクリミアを事実上併合したあと、中国は南シナ海で強硬に実効支配を拡大していきました。南シナ海における係争についての中国の論拠は国際仲裁裁判にて明確に否定されましたが、それにもかかわらず、中国は行動を変えませんでした。
その可能性が高いとまでは思いませんが、もし、中国が「あいまいさ」を完全に捨て、台湾を力づくで取りに行くような事態になったら、もう戻れません。
そのような事態になった時、私たちも「あいまいさ」を残すことはできません。国際社会は言葉で中国を非難するでしょうが、特にアメリカはそこにとどまるわけにはいかなくなるでしょう。アメリカは台湾を守るため軍事的な行動に出ないわけにいかなくなくなります。日本もそれを後方支援するのか、さらには集団的自衛権に基づく武力行使を行うのか、決断を迫られます。
95~96年の台湾海峡危機の際には、アメリカが空母二隻を派遣して台湾防衛の意思を示すことで、事態は沈静化しました。しかし、当時と比べて中国の軍事力は各段に強化されています。自前の空母も保有するようになりました。軍事的に自信をつけた中国は、より重大な軍事的対峙さらには衝突もいとわないかもしれません。
「あいまいさ」に戻る
今のうちに、再び「あいまいさ」の中に戻るべきでしょう。その上で、普遍的価値観の違いをふまえた政治・外交上のレースを続け、また経済的な安全保障の確保を進めるべきだと思います。
「あいまいさ」に戻るために、まずはアメリカが有事の際には「あいまいさ」を捨てて、台湾を防衛することになることを中国に認識させる必要があります。そのようなスタンスを明確に示し、中国に軍事的な行動による野望実現を思いとどまらせることが必要でしょう。
中国は今、少しづつ「あいまいさ」を捨てる行動に出て、アメリカや国際社会の反応を試しています。そちら側に出口はないことを、なるべく早い段階で悟らせるべきなのです。
ただ、そういったことを公式にアメリカから中国に言うことは、それ自体「あいまいさ」の放棄にもなりえますので、公式と非公式の間のトラック1.5のような動きによって中国側に悟らせることが必要です。4月のアメリカ政府元高官の訪台が、中国に対するそのようなメッセージになったことを期待します。
そもそも、習近平主席が5年前の蔡英文政権成立とともに行った方針転換、すなわち対台湾強硬策は中国としても戦術の誤りであったということを認識すべきでしょう。これにより台湾の人々を反中に団結させることになりました。そして香港で起きたことがそれをさらに強固にしたのです。中国の立場からの戦術としても、「92年コンセンサス」と「一中各表」の世界にいるべきだったのです。
もちろん、習近平主席としても、ここで台湾への政策を急に軟化させることは国内に「しめしがつかない」という面があるでしょう。そこで言い訳の材料になることを、われわれが与えるような工夫も必要だと思います。
その観点から、米中間に残る貿易戦争の残滓を活用すべしという意見もあるかもしれません。アメリカが対中関税を引き下げることと引き換えに、中国に台湾政策の軟化を求めるという取引は理解できなくはありませんが、私としては抵抗感があります。言ってみれば、けしからん行動に出たことに見返りを与えることになるわけです。悪しき前例となり、北朝鮮問題のようなことになることが懸念されます。
むしろ、例えば、コロナ対応などの国際的取り組みに台湾を戻すことの必要性などについて、中国に圧力を加え続けることが材料になりえます。中台間の主権の問題のような「やわらかい部分」に触らないようにしながら、世界が抱える問題についての「現実的な対応」という観点からの対応をうながしていくのです。
また、来年の北京五輪について、アメリカ議会ではボイコットすべしとの声が上がっています。「平和の祭典としてのオリンピックを開催する上での雰囲気が必要」といったニュアンスで中国に働きかけ、台湾問題のソフトランディングを促していくことも考えられます。
そうしながら、少しづつ元の「あいまいな」場所に戻っていくべきだと思います。
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