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『極地征服』~ジョルジュ・メリエスから100年、いま再び北極海が熱い。

先日、都内で開かれた無声映画観賞会で、ジョルジュ・メリエス監督の1912年の作品『極地征服』を観ました。活動弁士の方の盛り上げの話術とドラマチックな生演奏で、とても楽しめました。メリエスの時代から100年を経た今、世界では極地征服に向けた本当の動きが活発になっています。

夢と冒険心あふれる映画『極地征服』

映画創成期のフランスの映画製作者で映画監督のジョルジュ・メリエス。1902年の『月世界旅行』が有名で、砲弾の形をした宇宙船を、大砲で月に撃ち込むコミカルな場面が知られています。人の顔がついた月の右目に宇宙船が刺さるのですが、あの顔はジョルジュ・メリエス自身の顔だそうです。

メリエスは、19世紀末から映画製作を始めて、1913年まで映画を撮り続けました。『極地征服』は1912年の作品ですので、メリエスのフィルモグラフィーから言えば、末期のものということになります。

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上の画像は、フランスで公開された時のポスターです。イラストでもわかりますが、タイトルにいう「極地」とは北極のことです。

北極を目指して、世界の冒険家・エンジニアがそれぞれに乗り物を開発し、挑戦します。飛行機の形をしていたり、気球の形をしていたり、自動車の形だったりと様々ですが、それぞれに困難に直面します。その中で、フランスのエンジニア、マブール氏の開発した「アエロ・ビュス」だけが飛行に成功し、北極到達を果たします。

このアエロ・ビュス(英語にすると「エアバス」)は、マイクロバスのようなボディに鳥の頭や羽、尾がついている形をしています(下の別のフランス版ポスターを参照)。

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北極までの飛行の間には、北斗七星やさそり座の間を通るなど、夢にあふれています(本当は、北斗七星やさそり座の方が、北極よりずっと遠いのですが)。一行は、半ば不時着のような形でようやく極地近くに着陸しますが、北極点に向かう途中で雪の怪物に襲われます。怪物に食べられそうになりますが、大砲で追い払います(大砲がどこから出てきたのかわかりませんが)。

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彼らはようやく北極点に達しますが、北極点には、なぜか棒(poll)が立っており、強力な磁力で彼らをくっつけてしまいます。一行は、救難信号を出し、上空を通りかかった飛行船に救助され、無事に帰還するという話です。北極が怪物の棲む未開の秘境と扱われつつも、飛行船は頻繁に通りかかるのだなあと思わずにはいられませんでしたが、そこはご愛嬌ですね。

登場人物は実写で動いて、星空や極地の風景、雪の怪物はアニメーションを組み合わせていて、とても楽しいものでした。

現在の『極地征服』

メリエスの時代から100年が経ち、各国は本当に極地征服へと動き出しています。

メリエスのいう「極地征服」は、その場所に人間が到達するという意味の「征服」ですが、現代において起きているのは、本当に支配権を確立するか、あるいは権益を確保しようという意味での「征服」です。

北極圏は、メリエスが描いたように、長い間雪と氷に閉ざされ、使い勝手が悪い地域・海域でした。そのため、各国とも権益を強く主張することもなく、あまり争いが起きてきませんでした。

しかし、近年の地球温暖化によって氷が溶け始めると、航路や資源開発のための重要性が格段に上がってきたのです。

極東からヨーロッパへの航行距離でみれば、南回りでスエズ運河を経由するよりも、北上して北極海を経由する方が、3分の2程度の距離ですむといいます。3月にスエズ運河で大型貨物船の座礁事故が起き、航行に支障が生じましたが、このようなことがあると、代替ルートとしても北極海航路の注目度が上がります。また、世界全体の未発見の天然ガスの30%、石油の13%が北極圏に埋蔵されていると見られています。

ロシアは早くからこれに注目し、北極海沿岸地域の開発に力を入れ、過去数年の間に軍事基地も増やしてきました。また、北極海航路を通る外国船に対して、事前通告を求め、ロシアの砕氷船の先導をつけることを義務づけました。

北極地域は歴史的に争いが少なかったため、南極と違って、特別な条約によって法的な地位が定められていませんが、当然ながら国連海洋法条約には従うことになります。たとえ、外国船舶が領海を通過する場合であっても、無害通航であるかぎり、それを認めなければなりませんし、追加的な義務を課すことはできません。

また、中国は北極海に面していませんが、北極海航路に多大な関心を抱いています。中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」を提唱しています。その当初の構想は、現代のシルクロードとして、中国からヨーロッパまで、ユーラシア大陸を通る陸路と、インド洋を経由する海路の二つのルートの開発が中心でした。

それが、中国の覇権意識の強まりとともに、さまざまな方面(アフリカ、大洋州、中南米など)に触手を伸ばす形になり、ついには北極海にまで手を出し、「氷上のシルクロード」と呼び始めました。中国は、12年には砕氷船による北極海横断に成功し、13年には商用船の試験航行を始めました。

近年、中国や中国企業が北海道近辺の土地の獲得に大きな関心を抱いているのも、北極海航路の拠点としての活用の観点もあると思います。

中国は、自国から世界各地に向けて、さまざまなルート(交易、軍事双方)を確立せんとしています。そして、特定のルートに頼ることを避け、さまざまな代替ルートを手持ちの選択肢として確保することを大きなテーマとしています。その観点から、北極海航路は重要なオプションなのです。

アメリカは、この状況にあわてて対応し始めました。18年にソ連崩壊後初めて北極海に空母を派遣したほか、同じく北極海に面するノルウェーとの連携を強化しています。北極海の氷は、アメリカ、カナダ、グリーンランドの側よりも、ロシア側で溶解が進んでおり、航路としてはロシア側を通らなければならないことが、アメリカの立場を厳しいものにしています。

96年以降、「北極評議会」が開催され、各国の主張の調整や協力の推進が図られていますが、近年はますます注目されるようになっています。

雪の怪物はどうなるのか

雪の怪物の棲む辺境の極地は、このように、ついに人間による軍事と経済の開発の波にのまれることになりました。

実は、1912年のメリエスの『極地征服』に先立って、すでに1909年に北極はアメリカ人の探検家によって踏破されていました。そして、南極も、11年にノルウェーの探検家によって踏破されていました。(にもかかわらず、現在アメリカが極地進出に出遅れているのには苦笑いしてしまいます。)

つまり、メリエスが『極地征服』を撮った時点で、すでに二つの極地は前人未踏の辺境ではなくなっていたのです。

そんなことを言ってしまうと、この映画の夢あふれる冒険ロマンの雰囲気がそがれてしまいますが、人類の本格的な活動という意味では、その後100年以上にわたって北の「極地」は氷に閉ざされてきたわけです(もちろん、アメリカやロシアの原子力潜水艦は氷の下を自由に往来していましたが)。地球温暖化の問題と表裏一体になっているところが皮肉ではありますが、その「極地」に、ついに人間の文明が入り込む時代が訪れているわけです。

『極地征服』では、北極点到達のためにどのような方法がよいか、国際会議が開かれ、そこで主人公マブール氏の「アエロ・ビュス」が候補に選ばれます。その国際会議は、さながら、現在各国の間の調整の枠組みとなっている「北極評議会」にあたるもののように思えます。『極地征服』の時のように、よい方向が見えてくるとよいと思います。

100年前の映画を観ながら、現在のそのような状況を思い出し、とても感慨深く思いました。


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