島根の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年4月2日 06:34

島根は、対馬海流の影響で雨量が比較的豊富で、山地に関係した気候の地理勾配があります。そして隠岐諸島のように、古気候変動によって、本州と結合と分断を繰り返した島嶼があり、生物の進化的な多様化も促進されました。地域特有の気候と歴史的な要素も含む多様な環境要因が、島根の生物多様性を形作っています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるでしょう。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、島根県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

島根県の生物多様性を特徴づける環境条件

島根県は日本海に面して、内陸には石見高原と中国山地が東西に連なっています。

県北東部には島根半島があり、汽水の宍道湖や中海があり、出雲平野や安来平野が広がっています。

県東南部（広島県境）の中国山地には、道後山（1271m）、立烏帽子山 (1299 m) 、大万木山（1218m）があり、県南西部の中国山地の西部の冠山山地には、阿佐山（1218m）、大佐山（1069m）、恐羅漢山（1346m）、冠山（1339m）が連なります。

中国山地（大万木山・立烏帽子山・道後山など）からは、斐伊川や神戸川が流れでています。斐伊川は宍道湖に流れ、神戸川が日本海に注いでいます。また、中国山地の阿佐山などから流れる、県中央部の江の川は、石見高原を抜けて日本海に注いでます。県西部には中国山地西部の冠山山地から高津川が流れでて、津和野や益田市を経て日本海に注いでいます。

島根半島の沖合には、隠岐諸島（隠岐島、知夫里島、中ノ島、西ノ島など）があり、暖流の対馬海流が流れています。このため、島根県は日本海側気候ですが、他の日本海沿岸地域と比較すると温暖です。年降水量は日本海沿岸から中国山地の地域ほど多くなります（1700mmから2200mm以上）。

隠岐諸島は、最終氷期には陸橋を介して本州と結合していたと考えられています。

島根県は、日本海に面して対馬海流（暖流）の影響を受けているため雨量が比較的豊富で、なおかつ、山地に関係した気候の地理勾配があります。このような地域特有の地理や地形と、それらに関係した気候環境の地域性が、生物にとって多様な生息環境をもたらしています。さらに、隠岐諸島のように、古気候変動に伴って地史的に結合と分断を繰り返した島嶼があるので、生物の進化的な多様化も促進されました。このような歴史的な要素も含む多様な環境要因が、島根県の生物多様性の空間パターンを特徴付けていると考えられます。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、出雲平野および宍道湖や中海の周辺地域、斐伊川や神戸川の流域、県中央部の江の川、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域などです。また、県東南部の中国山地（道後山、立烏帽子山、大万木山など）、県南西部の阿佐山、大佐山、恐羅漢山、冠山の山地域も植物の種数が豊かです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、県南西部の中国山地（阿佐山、大佐山、恐羅漢山、冠山）と、それを源にする高津川の流域、石見高原の日本海側の山麓、県中央部の江の川流域、県東南部の中国山地（道後山、立烏帽子山、大万木山）の山嶺の一部、斐伊川や神戸川の流域などです。

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鳥類の種数が豊かな地域は、島根半島の出雲平野および宍道湖や中海の周辺地域、日本海沿岸部、高津川の中下流域、県中央部の江の川流域などです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、島根半島の宍道湖や中海の周辺地域、石見高原の日本海側の山麓と江の川流域、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域などです。

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両生類の種数が豊かな地域は、島根半島の宍道湖や中海の周辺地域、出水平野、石見高原の日本海側の山麓と江の川流域です。また、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域の一部も両生類の種数が豊かです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、出水平野や島根半島の宍道湖や中海に関係する流域、石見高原の山麓の流域、江の川流域、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域などです。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

島根県の場合、生物の種数だけを見ると、隠岐諸島は必ずしも種数が豊かではありません（隠岐諸島の種数地図は”真っ赤”ではないです）。隠岐諸島は生物多様性の保全重要地域ではないのでしょうか。以下に説明しますが、そんなことはありません。

生き物のレア度：希少性

生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。島根県は1997年に「しまねレッドデータブック」を編纂して、その後もレッドリスト種を改訂しています。

生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、島根県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、島根県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、島根県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

島根県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、島根県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

島根県の生物多様性の保全重要地域は、隠岐諸島、島根半島の宍道湖や中海の周辺地域および出雲平野、隠岐諸島、中国山地西部の冠山山地、高津川の流域などです。石見高原にもパッチ状に保全重要地域があります。全国レベルで見ると、生物の種数が必ずしも豊かでない隠岐諸島の保全重要度がとても高いことがわかります（隠岐諸島は”真っ赤”です）。島根県レベルで見た場合には、日本海沿岸や江の川流域の保全重要度が高くなります。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、隠岐諸島の一部、出雲平野および宍道湖や中海の周辺地域、斐伊川や神戸川の流域、江の川流域、中国山地西部の冠山山地、高津川の流域、および日本海沿岸域などです。また、県東南部の中国山地（道後山、立烏帽子山、大万木山など）も植物種多様性の保全重要地域です。国レベルで見ると、隠岐諸島の保全重要度が高くなります。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、隠岐諸島、日本海沿岸域、宍道湖と中海の周辺、県南西部の中国山地（阿佐山、大佐山、恐羅漢山、冠山）と、それを源にする高津川の流域、江の川流域、県東南部の中国山地（道後山、立烏帽子山、大万木山）の山嶺部などです。国レベルで見ると、隠岐諸島や日本海沿岸域の保全重要度が高くなり、県レベルで見た場合には中国山地の保全重要度が高くなります。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、島根半島の出雲平野および宍道湖や中海の周辺域、日本海沿岸部、高津川の中下流域などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、日本海沿岸域、隠岐諸島の一部、石見高原の日本海側の山麓と江の川流域、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、隠岐諸島、島根半島の宍道湖や中海の周辺地域、石見高原の日本海側の山麓と江の川流域、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域などです。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、出水平野や島根半島の宍道湖や中海に関係する流域、石見高原の山麓の流域、江の川流域、中国山地西部の冠山山地から流れる高津川の流域などです。

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島根県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、島根県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類　CR、絶滅危惧ⅠB類　EN、絶滅危惧Ⅱ類　VU、準絶滅危惧　NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性をとてもよく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれていることがわかります。

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