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小説家になる方法 05

清水義範 わが子に教える作文教室 (2005)

 本論に入る前に、私の立ち位置を明確にしておきたいと思います。

小説家になる方法」という大見出しで、連載記事を書いていますが、私自身、小説家になる目標はもっていません。

ピアニストになる方法があるとしても、今から始めたのでは、ピアニストには、なれません。しかし、今からでも、ピアノの練習を始めて、それなりの時間、ピアノに立ち向かう努力を積むと、ピアノのことが、少しずつ、わかってきます。

上手なピアニストにはなれなくても、他人のピアノ演奏の良し悪しが、わかるようになるのです。

小説家になる方法についても、同様の事情があると思います。小説家になるためにも、若い頃から修行しないといけないスキルがあるのです。

私は、夏目漱石が未完に終わった「明暗」の続編に興味をもっていて、時々、「明暗」を読み返すことにしています。何回目かの読み返しのときに、明暗の続きがどのようなものになるか、イメージがもてるようになりたいと願っていますが、続編を、読者の立場ではなく、作家の立場に立って考えてみたいと考えています。

私が、小説家になる方法 を考察したいのは、この目的のためです。

本論に戻ります。

清水さんは、小学生の作文教室を12年間続けられたという経験をお持ちです。名古屋で小学生の学習塾を開いている弟さんのところで作文教室が企画され、生徒の作文が、東京に住む清水さんのところにファックスで送られ、添削と指導をつけて送りかえすという形で実施され、12年間で、のべ200人くらいを指導したそうです。

本書は、30回にわたって「週刊現代」に連載したものをまとめたものですが、小学生の実際の作文例を示しながら、下記のテーマで語られていて、参考になります。

まず、30回分の目次を示します。

第01回 まずは書かせる法
第02回 原稿用紙にたて書きで
第03回 ほめてやる気を出させろ
第04回 ことばで遊ばせろ
第05回 長短とテンマル(その1)
第06回 長短とテンマル(その2)
第07回 読みたくなる題名を
第08回 テーマをしぼりこめ
第09回 擬人法にトライしよう
第10回 比喩って楽しいです
第11回 ひとの作文を読む刺激
第12回 小学生作文の文体
第13回 接続詞を教えよう
第14回 箇条書きという手もある
第15回 形容詞は心の響き
第16回 手紙はチャーミングに
第17回 観察文はクールだが
第18回 調査報告文を書ける才能
第19回 読書感想文は書かせるな
第20回 「本の帯」を作ってみる
第21回 よい子の作文でなくていい(その1)
第22回 よい子の作文でなくていい(その2)
第23回 物語作りに挑戦
第24回 パロディの楽しさ(その1)
第25回 パロディの楽しさ(その2)
第26回 作文にユーモアがある時
第27回 作文にユーモアがない時
第28回 長いものを書ききる
第29回 伝わるかどうかの吟味
第30回 発表の場を作ってやる

作文を書かせたいお子さんのいる方は、是非、参考にしてください。

しかし、第19回の「読書感想文は書かせるな」は、非常に気になるタイトルだと思います。少し引用します。

 子供の夏休みの宿題に、読書感想文を書け、というのがあって、多くの子にとっては大変な苦痛になっている。
 私の考えでは、読書感想文を書かせるのはいい宿題ではない。あれはむしろ害のほうが大きいほどだと思う。
 なぜなら、小・中学生にとって、読書感想文を書くのはむずかしすぎるからだ。本を読んでその乾燥を書けというのは、要するに書評のようなものを書けと言っているわけで、そんな高度なものが子供に書けるわけがない。
 しかも、読書感想文を書くということは、よい子ぶりましょう、おりこうぶりましょう、という臭みがプナンプン漂っている。推薦図書の中から一冊を読んで感想文を書くというやり方の中に、とてもいい本で感動しました、と言うしかないという圧迫がある。
 何かうまいお世辞を言わなきゃいけないんだ、と思って本を読むなんて苦痛で、本を読むことまで嫌いになってしまうのだ。

また、日常生活について作文を書けといわれても、先生が読み、時には、クラスのみんなの前で発表したりしなければならないので、みんな、よい子の作文を書こうとしてしまいます。人の悪口は書きにくいし、破滅的・破壊的なことも書けません。

そこで、第23回にあるように、「物語作りに挑戦」するといいのです。子供のころからこの訓練を積むことは、「小説家になる方法」としても、非常に役立つのではないでしょうか。

毎日日記を書くというのも、いいことだとは思いますが、日記は、人に読んでもらうものではありません。

第11回にあるように「ひとの作文を読む刺激」は、貴重なので、自分の作文を発表し、人の作文を読むという習慣が大切だと思います。

ここで、第28回 「長いものを書ききる」が、重要になります。少し引用します。

 これは子供に限らず、大人も同じなのだが、一度長いもの(子供なら十枚以上、大人なら百枚以上)を書き上げてみると、それを機に文章は一段階うまくなるのだ。おそらく、長いものを最後まで書ききるためには、頭の中がフル回転するほど考えなきゃいけないからだろう。そういうふうに考えたことのある脳は、その体験によって文章の構成法の何かを摑むのだ。
 だから子供にも、うまく遊びの形で誘いこんで、長いものを書かせてみよう。物語ではなくて、三泊四日の古都の旅全記録、なんてものでもいい。ハムスターが来てから死ぬまで、でもいい。とにかく長さにトライしてみるのだ。
 お父さん、お母さんは、ひたすら、すごいねえ、よく書けるねえ、とほめよう。楽しませることができたら、きっと子供には書けるのだから。

文章への接し方に、いくつかの段階があります。目で読むというのが、一番速い接し方です。音読すると、スピードは、ぐっと落ちますが、より深く接することができます。

そして、写経のように書き写す、もしくは、作文しながら書くというのが、一番、ゆっくりした接し方で、一番深い接し方です。

私は、この、ゆっくり接する、ということに、意味があると思っています。

夏目漱石の小説は、殆ど、新聞連載で発表されました。読者は、一気に読んだのではなく、半年くらいかけてゆっくり読んだのです。

NHKの大河ドラマも、似たような効果があると思っています。現在は、「光る君へ」が始まったところですが、一年かけて、ゆっくりと視聴することは、親しみを深める効果があると、私は、思っています。

つづく

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