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Worlds end

「私ね、ずっと二番手だったの。

たとえば、元カノとひと悶着あってその思い出に引きずられている人に、つい言い寄っちゃって、そのままセフレみたいにされちゃって。自分でも都合のいい女だなって解っていたけれど、それでも独りぼっちになることだけが怖くって、そういう人と、ぐだぐだと関係を続けてばかりいた。

そういう人って大概、私が別の誰かを好きになりかけると急に、あわてて私のこと追おうとする。それが本当に滑稽で、無様だった。そんなんだから元カノにも飽きられたんでしょ、そう思った。でもなんやかんや私とて、ふたたび誰かの二番手に収まって。

どうしてなんだろうね―多分私、自己暗示みたいなもので『自分には誰かの一番になる価値が無い』って、思い込んでいたのだと思う。それが現実に投影されていたというだけ、全部、私のせい。

わかっていたんだ、ちゃあんと。」

そう言って彼女は、二人きりの観覧車の中、僕の真向かいでため息を吐いた。この、まるで夜が明けない風情の繁華街のビルに、どこかのデパートの屋上遊園地が如く設置された観覧車は、値段が高いなあとは思わされど、内緒話をするには格別の場所だった。

一周にそこまで時間は要しない。しかし、ギラギラと輝くネオンも「夜景」と捉えれば結局とてもうつくしく、観覧車の窓から覗くその景色は、水の綺麗な川に舞う蛍みたいに、人々の心を魅了するのだ。

SNSで知り合って、「今は誰もいない」という彼女のメンタルのぶれが異様に僕を心配させて、僕はとっさに、彼女を呼び出してしまった。世間的にはもしかしたら、彼女は地雷扱いかも知れない、そんな、心の在り様があまりに荒廃した彼女だったけれど、スパゲッティのお店で不器用そうにナポリタンを食べる姿は、なんだかとても可愛らしかった。

一度くらいのキスも、勢いでするセックスも、もうそれが恋愛の契約行為とは限らない様な年齢になってしまった。校舎裏でしたキスだけで眠れなくなった中学時代が、まるで嘘みたいだなと思う。そうやって人は、都合のいい相手なんぞを見つけて、欲望のはけ口にしたりなんかしてしまう。神様はどうして人間を、こんなに無様で淫乱で、まるで性器こそが心臓みたいな生き物に仕立て上げてしまったのだろう。

それでも、スパゲッティ屋を出てそっと手を繋いだ時、僕らは年甲斐もなくどきどきした。彼女が一瞬、びくりと体を震わしたことを僕はけして見逃さなかった。やや蓮っ葉な印象に自らを騙っているだけで、本当は純情な女の子なのだろうと、僕はあっという間に察してしまった。なんだ、可愛いな―そう思うと鼓動が早まった自分がいた。こんな単純な自分はまるで童貞だ、そう思って少しだけ情けなくなった。

「ねえ、この観覧車を降りたら、これからどうする?」

下界の様子を眺めながら、彼女が言う。ナポリタンの後に冷水で流し込んだいくつかの薬は、そこそこ効いてくれているらしく、彼女はとても穏やかに僕と向き合っていた。

きっと、あまり気合の入っていない風を装おうと着てきたであろうおとなしめのワンピースは、彼女によく似合っていた。その上に羽織ったダッフルコートも、きらきらした飾りのついたブーツもだ。僕に会う為だけにそれとなくお洒落してきたであろうこのコは一体、どうしてそんなにも、自らの存在を否定して生きてきてしまったのだろう。

「…じゃあ、うちに来る?」

告げるのに、少し迷っていた台詞だった。尚早過ぎたろうか―そう思ったものの、もしも僕が思い切らないことで、彼女がまたどうしようもない男の「二番手」に甘んじてしまったら。そう考えるともう僕は、先を急ぐしか無かったのだ。

「…まだ、八時だよ?」、そう返した彼女の言いたいことは、ちゃあんと解っていた。「今から地下鉄でうちに帰れば、一時間くらい。途中のコンビニで明日の朝の準備を整えればいいよ。」「…朝、って」「俺んち、まともな食べ物が無いから。サンドイッチとかおにぎりとか買っておこうよ。」

彼女は僕をじっと見、次の瞬間、堰を切ったかの如く、大笑いを始めた。

「…ちょっと、もっと素直に言っちゃえばいいじゃない?別に、ケチってるんじゃあ無いのなら、ラブホでだっていいんだよ?このビルを出て徒歩圏内にだって幾つもあるでしょう?」

ああ、そうだよなあ―僕は苦笑いした。まあ、そういう反応であることは予想しておくべきだった。彼女はいつも一番にはなりえなかったのだ、「一番」のにおいのする自宅なんかとは、そうそう縁も無かったことだろう。

「Switchじゃなく、もはやレトロゲームの域だけど、PlayStation 2の桃鉄なら家にあるよ。夜通しそれで遊んだっていいし、今時期は星が綺麗だから、ベランダで肉眼で天体観測したっていい」、僕がうんと真面目な顔をしてそんな言葉を口にすると、彼女は今度は笑うこともせず、ただただきょとんとした。

「…それ、本気?」「本気だよ、君がそうして過ごしたいならそれでもいいって思ってる。」「体目当てじゃないって嘘つきの、常套句みたいな台詞だよ?」「…じゃあ、試してみればいいよ。朝になって僕がほら吹きだと判ったら、SNSもブロックして縁を切ればいい。」

もうすぐ、観覧車は下界へ僕たちを降ろそうとする。ほんの十分間ほどの、低い低い空の旅。とはいえ僕たちは、飛行機の飛ぶ空よりももっともっと低いこの空ですら、こんな子どもじみた乗り物を介さないと味わえない。けれども僕たちは―ほんのひとときだけこうして、誰も知らない秘密の空間で、二人きりで話をすることを赦されたのだ。

観覧車から降りようとした彼女の手を取ったまま、僕はその手を離さなかった。

手を繋いだまま地下鉄の駅へ向かって、その先の、僕らを違う街まで連れていくトンネルを目指して二人、歩いた。彼女が求めるならば徹夜で桃鉄もするし、よく知らない冬の星座も眺めよう。

けれども地上に着く間際の観覧車の中、彼女が自ら求めてきたキスのことを考えると―きっと僕らは、それだけでは物足りなくなるのだろう。そして僕はその行為がちゃんとこれからの二人への「約束」であることを、彼女に理解させてやらねばと思う。けして君を二番手にするものでは無いのだと、彼女を心の底からあたためることで、理解させてやらねばなるまい。

二人一緒ならきっと、僕らはどこにだって行けるから。

そう、君が知っている様な薄汚れたラブホなんかじゃあなく、PS2の桃鉄があって星の見えるベランダのある僕の部屋にも、それから、今夜の夜景よりももっときれいな景色の見える、そんな場所にだって。

それに、君が望むなら―この醜くもうつくしい世界の、果てにさえも。

連れて行ってあげるよ、僕が、必ず。


今日の「 #曲からイメージして書いたよ 」は、この曲によるものです。

ちなみに最後の、

それに、君が望むなら―この醜くもうつくしい世界の、果てにさえも。

という言葉(太字部分)は、ミスチルの「Dear wonderful world」の歌詞の一部だったりします。この曲もすごく好き。

私はどうしても、こういうダメ男に引っかかる女の子と、そんな彼女を救ってしまう王子様みたいな男の人の組み合わせが好きな様ですね(そして大概みんな貧乏)。

ちなみに「繁華街の観覧車」というのは、札幌のノルベサの観覧車がモデルです。

ウィングベイ小樽にあった観覧車は、売られてどこぞの外国にお引越ししていったらしいのに、ノルベサは現役でいてくれて嬉しいです。

関東に来て、葛西臨海公園とか東武動物公園とかいろんな場所で観覧車に乗りましたが…正直、好きじゃない(゚∀゚)

スカイツリーとかサンシャイン60とかは平気だったけど、私、足場が不安定なところ限定の高所恐怖症っぽいです。ちなみに絶叫マシーンもマジ無理。よみうりランドのバンデットなんて二度と乗りたくないし、栃木のとちのきファミリーランドのアトラクションも、何なら初心者向けっぽい花やしきのコースターも、ほんと無理でした(仕事で仕方なく乗った…)。

でもノルベサに関しては、夜景が綺麗だったから怖さは感じなかったんだよなあ。


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