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旅館の伝統と、新しい宿泊スタイルである「ワーケーション」。 双方のお客様の満足に向けて

取材: 高野 美穂(ザ・ワーケスタイル ナビゲーター)

今回のインタビューに応じてくださったのは、The Workeにて、東京都心からもアクセス可能な石和温泉にて半年、1年という長期の滞在を叶えるお部屋を提供している銘石の宿「かげつ」の熊丸さん。

老舗旅館を経営するお立場として、コロナと共に休息に浸透し始めた「ワーケーション」というスタイルについてどのように捉えているのか、忌憚のないご意見を聞かせてもらいました。

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熊丸 礎樹 さん

銘石の宿 かげつ
山梨県石和温泉の高級旅館。プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選に34年連続入選。5,000坪の庭園と24時間入浴できる露天風呂が人気

- まずは、「ワーケーション」という言葉をどのように据えていらっしゃいますか?

コロナが顕在化し観光業界にはっきりとした影響が出始めた頃、星野リゾートの代表である星野さんがこの言葉を使われていたことをよく記憶しています。さすが先端の発想をする方だなと思って、自分たちもうまく取り入れられないかなと模索をしていました。
ただし、長期の滞在を受け入れるとなると旅館としては「1泊2食つき」の宿泊スタイルがどうしてもハードルとなってきます。このあたりをどうやって調整すべきかという懸念は、当初ありましたね。

- 1泊2食の宿泊スタイルがはまらないお客さんとしては、訪日外国人観光客も同じであったかと思うのですが、これまでに受け入れはありましたか?

はい。かげつでも外資系予約サイトであるアゴダ、ブッキングドットコムなどは使い始めていまして、多くはありませんが、全体の数パーセント程度が外国人観光客になってきていました。
おっしゃるとおり、外国人観光客ですと「温泉は1泊」という意識は薄く、3泊程度されていくお客様はいらっしゃいますね。お料理の対応もこのくらいの宿泊数であれば以前からの体制で十分可能でした。

- ワーケーションが確立するまでは、最長の宿泊数はどのくらいでしたか?

これは日本人のお客様ですが、1か月ほど宿泊された方がいらして、その方は旅行目的ではありませんでした。宿の傍にリハビリの病院がありまして、看病されるための拠点とされていたようです。

- これまでも旅館に長く滞在をするという形式はゼロではなかったというわけですね。
コロナ後の宿泊客の変化、客層、求めるものの変化はなにかありますか?

まず印象としては、高齢の方がぐっと減りました。
もともと当館は、40歳以上の方が利用年齢として多かったのですが、Go To トラベルなどもあり、若い層が増加した印象があり、館内の雰囲気には変化がありました。

- The Workeの中でも、30泊、90泊という思い切ったプランを出されていますが、社内でなにか議論はありましたか?

コロナの影響で、見える景色ががらっと変わり、これはいろいろなことを考えるいい機会だなという共通認識が経営陣の中にありました。
そのため、この度、The Workeにて長期で部屋を販売しないかというお話を伺った時に、「いいね、面白そうだね」と経営陣がみな瞬時に思いました。どのくらいの数が動くのかは分からないけれど、どちらにしても稼働率がはっきりと下がっていたので、単価はともかく部屋を使ってもらいたいと思いました。
使ってさえもらえば、評判が広がったり、SNS上で紹介されたりなど面白い波及があるのではないかと期待、予想をしました。

- ホテルなどでは、空港関係者などに長期間、一定のレートでお部屋を出すということが、経営の安定のためにも行われていますが、旅館でも昔からこうした長期間の貸出というのはあったのでしょうか?

はい。例えば保養所として、自治体であったり、企業に数部屋固定で貸し出して、その部屋を団体職員や社員で自由に使ってもらうということはこれまでも経験があります。
ですので、今回のThe Workeでも、企業の規模や、種類は変わってくるかもしれませんが、1社で借り上げてもらい、その社員さんに利用してもらうことになるのだろうなぁと考えておりまして、そういうふうに考えていくと、実はそんなに大きな英断は必要ありませんでした。

- The Workeでも実際に長期の販売をスタートしており、すでにワーケーションで利用している方がいらっしゃると思いますが、すべてバッチリといいことばかりではないはずです。本来の「旅館経営」と「ワーケーション」。相容れない点など見つかってきていますか?

今のところ、なにか苦情やご要望が寄せられているということは実はなく、上手くいっていると言えるように思います。
しかし、時々大きな洗濯物を持って出ていく長期のお客様を見たりすると、なにか改善の余地はあるのかな?などと思う部分はあります。

- 今後、ワーケーションのお客様が増えてくると、歩みよると言いますか、例えば、ワーケーションでいらしている方のみが入れる共同キッチンを作ってしまうなど考えていることはありますか?

ん~、「キッチン」は自慢の料理を提供している立場として、ハードルが高いかもしれませんね。

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料理はもちろん、器などの細部に至るまで心を配った献立。
懐石料理ならではの、季節を感じる美しく彩り豊かなお料理を愉しめる

- 各地でワーケーションをしている立場からすると、おそらく、部屋でできる範囲でなにか食事を作られている方は結構いらっしゃると思います(笑)。というのも、電源さえあれば、さまざまな調理器具が実は使えてしまいます。
例えば電子レンジを持ち込みたいと言われたら許可をしますか?オフィス器具も含めて、家電製品の持ち込み、どこまで許しますか?

消防法で決められている範疇であれば、現状は許します。
つまりプリンターは問題なく、電子レンジは、お部屋に置かれるよりは、言っていただければこちらで温めます。
炊飯器の持ち込みは…またこれから考えたいと思いますが、個人的にはアリかな(笑)。

- 本来、旅館という場所は、休息に来る場所であり、「働きやすくする必要はない場所」であったはずですが、それが、今までにはなかった需要に答えなくてはならなくなってきています。
この点についてなにか思うところはありますか?完全に働きやすくしてしまったら、それはもうオフィスですからね(笑
)。

現状は、当館でなにか手入れをしたというところはないのですが、ゆったりとワーケーションをしていただけているように感じます。
はて、その秘訣は?と考えてみると、部屋の広さなのかなと分析しています。
当館は、本間以外に、広縁、つまり応接間である場所にソファとテーブルのあるスペースがあるんですね。トイレとバスルームも広く作ってあります。平米数でいうと50~60平米くらいはあります。

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疲れたらごろんと横になれる畳敷きの和室。窓からは、緑溢れる日本庭園を望み、錦鯉が遊ぶ清流を眺められる

- なるほど。たしかに老舗の旅館さんの客室は、ホテルのスイートルームのような作りになっていますね。ベッドルーム以外にプライベートな空間があるのは、ワーケーションには最適ですね。広ささえあれば、それぞれに工夫をすることができます。また、お部屋だけではなく、敷地も広いですからね。

それでは、もし、ご自身が、仮にかげつさんの社員さんではなかったとして、この場所を知り尽くした立場で、ここでワーケーションをされるとしたら、どんなふうに過ごされますか?

まず、当館の一番の強みは温泉です。
滞在中は、仕事をしながら毎日温泉に入りますね。

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宿が最も自信をみせる温泉。24時間入浴できる巨岩・奇岩を積み上げた季節感を堪能できる男女別の大露天風呂は圧巻

- ワーケーションの課題にもなりがちな腰痛などに効きそうですね。

それから日本庭園があるので、もしここで缶詰めになって仕事をしていても、四季の移ろいを感じていただけると思います。
6,000坪のうち4,000坪近くが庭園で、池には錦鯉が7,000匹ほど住んでいます。

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石和という土地は甲府盆地の中のあり、正直なところなにもないのですが、その代わりに、館内で楽しんでいただける設備がそろっています。

ワーケーションというのは、そんなに観光ができるものではないと思うので、かげつならば、滞在しながら、目も楽しめるのではないかと思います。毎朝庭園を散歩して、温泉に入り、朝食だけつけて朝からエネルギーをチャージして、仕事に取り組む。
毎日見ている場所を客観的に見るのは難しいですが、なかなか素敵な一日の始まりなのではないでしょうか?

- もし日本全国どこでもワーケーションができるとしたら、どんなところでどんなワーケーションをされたいですか?

人にあまり会わない海、もしくは山で過ごしてみたいです。
お風呂とトイレと電源さえあればいいかな。1回経験してみれば、これからワーケーションをされる方の気持ちも少し分かって、商品の開発に繋がるような気がしています。

- ワーケーションという新しい形態に対して、老舗旅館として「変えていきたいもの」、「変えてはいけないもの」をどう考えますか?
つまり、個人的には、そもそも双方には相容れない部分が現状はあると考えています。そのあたりどうお考えですか?

そうですね、伝統的なもの…それは例えば「1泊2食制度」などになると思うのですが、これをお客さんの変化に伴って変えていかなくてはならないのかなと思う部分はあります。
こうした伝統がもし業界全体で薄まっていくならば、私たちとしては、観光客も、ワーケーションの方も同じお迎えができるようになってきます。

そもそも旅館というのは、休息のために、食事つきで温泉と共にお迎えする場所でした。これが日本人の旅行客の間では浸透していますよね。しかしシティホテル、ビジネスホテルでは宿泊と食事がすでに分かれています。
つまり、国内であってもすでにこちらのシステムも確立されています。そうしてしまったほうが、お客様の裾野が広がる部分はあると思います。

- 個人的に、私は旅館を愛していますが、「旅館」という場所は、海外も経験したあとに眺めると、宿泊客も含めた「共通認識で回っているようなところがあるように思っていて、例えば、「今戻ると、お布団を敷いてくれている方に迷惑だからもう少ししてから戻ろう」などと意識される方も多いと思うんですね。
旅館にあがり靴を脱いでからは共同体のような意識がはたらき、浴衣で館内を歩けて、時間になるとお吸い物の出汁の香りがしたり…というのは、一つの日本の旅館の持つ素晴らしい点です。
全員が食事を取ることで、単価を下げられている部分もあるでしょう。

一方で排他的な側面も持ちます。例えば、外国人に旅館の心構えを説明するのは至難の技であり、かつワーケーション客はこの予定調和を崩す存在であるかもしれない。

こうしたところを鑑みると、もし自分が老舗旅館を切り盛りしていたとしたら、現状の適応方針に悩むと思います。このあたり、熊丸さんはどう思われていますか?

くつろぎに来るお客さん、ワーケーションのお客さん、どちらも歓迎していきたいなというのが、自分たちの方針です。

現状は、お部屋でお仕事をされている限り、良くも悪くも手がかからないんですね。今あるものに足すか引くか(朝食を足す、夕食を引くなど)の対応しかできていないので、今後は食事面なども含めてワーケーションの方向けのサービスを増やしていく必要はあるんだろうなと思い、トライ&エラー中ですね。

- 自分の経験としても、ある旅館で仕事をしていて、自分ひとりだけが周囲と違うオーラを発してしまっていると感じたことがあります。「自分はこの空間にとって迷惑かもしれない」と、自意識過剰かもしれませんが思いました。
今は、ワーケーションを取り囲むものすべて、それは宿泊する側も、迎える側も、試行錯誤中なのかもしれないですね。

本日はありがとうございました!


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ザ・ワーケスタイルナビゲーター: 高野 美穂

~Traveling or Thinking about Traveling~
20代前半よりワークスタイルに強く関心をもち、働く場所やオンとオフの境目にこだわらない、今でいう「ワーケーション」を体現し続けている。旅チャンネルの構成作家兼リポーター、リクルート社発行「じゃらん」、旅業界ジャーナル「とーりまかし」での編集ライターなど、様々な角度から観光業界について考察を続ける。

2013年より7年間ロンドンで暮らし、在宅/リモートワーク、長めのバケーションが当たり前の人々と日常的に過ごすことで、コロナ禍の到来よりも早く、国民総ワーケーション状態に慣れた存在となる。

現在は、日本最大級のコミュニティーFM「レインボータウンFM」FM88.5MHzにて、2つの番組をもち、コンテンツ制作の傍ら、独自の情報発信を行っている。自治体からの依頼で、ワーケーションアドバイスに出向くことも。日本旅と食を海外に向けて発信するのがライフワーク。

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