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「今日は冬至ですね。」

「今日は啓蟄ですね。」と、ある日気功とヨガの先生が授業のはじめに宣った。わたしはぽかん、とした。先生は続けた。「啓蟄は春のはじまりです」「虫や草木が目を覚まし、土から起き上がってくる。」 啓蟄-けいちつ-という言葉が、二十四節気のひとつであると理解するのに、すこし時間を要した。そしてわたしは感動した。二十四節気なんて、夏至・冬至・節分くらいしか知らなかったのに、わたしにとってなんでもない三月某日を「暦が長い冬の終わり、春の始まりを告げる」のだとわかって生きるのは、なんと豊かなことだろうか。

それはたぶん、インドから帰ってきて「そろそろ本腰入れてスクール卒業すっかあ…」としゃかりき頑張りまくってたときで、仕事のスキマ時間や勤務前後に実技を受けに行ったり、試験のために座学しまくったり、週0.5〜1日休みで半年弱突っ走りまくっていた。めまぐるしくて、季節の移ろいどころか、日付が過ぎていく感覚すら朧げだったが、なぜか先生の仰った「今日は啓蟄ですね」と、わたしに見えないものを目に映しているような言動が頭を離れず、わたしは程なくして二十四節気七十二候の本を買った。

■にっぽんの七十二候 - 高月美樹・瀬戸口しおり (たしかこれ)
https://tinyurl.com/y8oavwjs

当時、わたしは五年日記をつけていた。ざっくり言うと、366日分のひめくりで、1ページに5年分の同じ日付の日記を書くことができる、経年と共に過去の同じ日の日記が読めるというものである。大体5~6行くらいの些末なもので、わたしは20歳くらいから密かに随筆をしたためてきたので、そこには敢えて「なにをした」とか「体調がどうだ」とか「おいしかった食事」とか「言われて嬉しかったこと、腹が立ったこと」とか、そういう随筆にすらしない”よしなしごと”を主に記した。しんどいときは無理に書かなかったけれど、なるたけ遡って書くこともあった。もちろん、先生が「今日は啓蟄ですね」といった言葉はその日記に書いた。

せっかく二十四節気の概念がわたしの人生に加わったのだから、使いこなせるようになりたいと思った。その五年日記に、気まぐれに、「きょうは七十二侯の何にあたるだろうか」とか「きょうは節気なのだ」ということを記すようになった。二十四節気は季節を先取りして、心を豊かにするような役割もあったのだとどこかで読んだ。ほんとうにその役割を果たしてくれていたと思う。特に七十二候は、なにが旬だとか、なにを食べて季節に備えればよいかとか、魚が冬眠するとか、普段目にかけることはないけれど、確実にどこかで起こっている季節の移ろいを教えてくれた。それはそれは美しい習わしだとその度に感動した。日本の四季のこと、時間が移ろうこと、二十四節気七十二候を重んじ大切にした日本人の(のちに知るのだけれど七十二候は中国・韓国にもあり、それも漢詩とかを読む感じでとても趣深い)なんとまあ豊かで尊い潜在意識。

そして、「今日は冬至ですね。」
使えるようになったのが嬉しい。

一年で最も日が短いのだそうだ。加えて、きょうは寒くて、寒すぎて泣いた。天気がよかったので機嫌はすこぶるよかったのだけれど、何せ寒かった。

数年前までは風の子で、寒ければ寒いほど生きてる心地がする〜と夜明けまで星を見ながら散歩したり、飲み明かしたりしていたのに、昼間できるだけ日向を探しながら、寒い寒いと泣きながら歩いた。年々寒さが骨に滲みんねん。背骨と足首が震え上がる。

特に今日は、朝5時半には起きて、夜明けの、薄墨に青が混ざったような空が白んでいくのを見ながら歩いたり、低い太陽の痛いくらいの日射しを浴びながら寒空の下を歩いたりしていたので、いっとう寒さが身に滲みた。

わたしは冬がだいすきだけど、体質的にはかなりの鬼門で、2年に一度はえげつない風邪をひくし、メンタルもずんぐりと沈み込んでしまいがち。ことしは風邪ひかないって決めてるから絶っっっっ対ひかないけどね。結構気合です。温めるのが一番効くので、三首はきっちり温めたいけれど、女子ってそうも言ってらんないときがあるじゃないですか。パンプス履くのに足首もこもこレッグウォーマーとかもこもこ靴下とか履いてられなくて。あれにとんと体温が奪われていってしまうのだ。

そして冬至は「一年で一番昼が短く、夜が長い日」であるとされている。気ィ滅入るわ。それだけ聞くと。冬はだいすきだけど、うまく付き合えてない感じがずっとしていた。わたしはこんなにすきなのに。できれば寒さの中も上着公園に忘れて帰っちゃうわんぱく小僧たちみたいにはしゃぎ回りたいよ。(今朝、明け方の公園で置き去りにされたそれらを見た)

けれど、太陽が遠ざかって遠ざかって、弱っていって、弱り切った日が冬至だとしたら、そこを境に日が長くなっていくことから、冬至は「一陽来復」とも言われているのですって。

▼いちよう-らいふく【一陽来復】
冬が終わり春が来ること。新年が来ること。また、悪いことが続いた後で幸運に向かうこと。陰の気がきわまって陽の気にかえる意から。▽もと易えきの語。陰暦十月は坤こんの卦かにあたり、十一月は復の卦にあたり、陰ばかりの中に陽が戻って来たことになる。「復」は陰暦十一月、また、冬至のこと。  ( goo辞書 https://tinyurl.com/ycutbhc9 より )

めちゃくちゃ縁起がいいじゃないか。

そしてこれが、すべからく、日本の暦を生きるすべてのひとの身の上に起きているのだと思うと、心底冬眠したいという愚策をぐっと封じることができます。

寒くて泣いたけど、めげずにあたたかくして頑張ります。

ちなみにわたしが体を温めたいときは、湯たんぽ、足首回し、あたたかい飲み物、そしてもちろん、ボディケアに使うブレンドオイルを冬仕様に替えること。

使う精油は以下。
※このほかに通年使うスタメン精油たちがあり、そのベースにこれらの精油を足したりするのだけれど、今度そのへんのブレンドをまとめてみたり、わたしの超訳アロマ辞典的な記事も書く予定なので乞うご期待!

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■ベンゾイン(安息香)
バニラに似た、けれどどこかエキゾチックな匂いのする、樹脂からとれる精油なのですが、寒いときに嗅ぐとほっとして、寒さで凍えた心臓とか肺がふっとときほぐれるかんじがします。実際、樹液からとれる精油は「気管支系」に働きかけてくれるものが多いです。樹脂なので固まりやすく、夏でもべらぼうに硬くてせっかちなわたしはドライヤーで瓶をあたためてゆるゆるにして使います。

■柚子
やはり冬至といえば柚子風呂ですよね。わたしは入ったことないけど。血行促進作用に起因する、なんだか体をほかっとしてくれるかんじがするし、通年さまざまな実を生す柑橘類の中で柚子はまごうことなき冬の柑橘。旬のものはやはり、身体と相性がいいのだと思います。(ほんとはフィトケミカルを用いてこの成分がこうで・・・と言いたいけど、それはフィトテラピーのことを書いてからにしようと思う)

■シナモン
ブレンドに入れると全部シナモンになるバリクセ強精油のひとつ。でも、塗ったところからカッとなり汗をかくくらい「あたためる」において右に出る精油はないと思います。調子乗ってたくさんブレンドすると電車乗るときとか汗だらだらになる。体からシナモンの香りするのしんどかったら、ココナッツオイルで焼いたりんごにたっぷりシナモンと蜂蜜をかけて召し上がって。

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きょうは冬至。一陽来復。

ほらね、二十四節気七十二候のある生活、なんでもないただの2020年12月21日が、とんでもなく縁起のいい日のように、感じるでしょう。なんだか気が滅入る寒さの中、ほんの些細な僥倖のように感じられるでしょう。よかですよ。よかなんです。二十四節気七十二候、たまに思い出してみよう、これからも。