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100の回路#09 「わからない」から「わける」のではなく「わかろう」とすること (TA-net 廣川麻子さん)

こんにちは。
THEATRE for ALL LAB研究員の土門蘭です。

今回の「100の回路」では、見えない・聞こえない方も舞台を楽しめるよう観劇支援を行っている、TA-net(ターネット)理事長の廣川麻子さんにお話をうかがいました。

「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言える様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。

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(廣川さんの上半身の写真です。髪型はワンレングスのショートカットで、Vネックの黒い服を着ています。こちらを向いて微笑んでいます。)

生まれたときから耳が聞こえない廣川さんは、小学校時代に難聴児の劇団で活動をしたのをきっかけに演劇に出会い、大学在学中よりろう者の劇団で俳優・制作として15年以上活動されてきました。10年前に1年間ロンドンで演劇研修を受け、障害を持つ方の演劇活動環境について学ばれたのだそうです。

そして、2012年にTA-netを設立。TA-netとは、「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」の略称で、聴覚障害を持つ当事者が中心となりながら、見えない・聞こえない方も観劇を楽しめるよう観劇支援を行うNPO法人です。「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」を合言葉に、観劇をしたい人と劇団・劇場をつなげる活動をされています。

今回はそんな廣川さんに、「見えない・聴こえない人たちと舞台芸術をつなぐためにできることとは?」というテーマでお話をうかがいました。現在行われている観劇支援の内容や、私たち一人ひとりができること、そしてそこから生まれるものとは一体どういったものなのでしょうか?

廣川麻子(ひろかわ・あさこ)
特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)理事長。
1994年、日本ろう者劇団入団。2009年9月〜2010年9月、ダスキン障害者リーダー育成海外派遣事業第29期生として英国の劇団Graeae Theatre Companyを拠点に障害者の演劇活動をテーマに研修。この時に観劇における支援制度に衝撃を受け、日本でもこのような仕組みをつくりたいと仲間たちとともに2012年12月に観劇支援団体「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」を立ち上げる。
平成27年度(第66回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞(シンポジウム「より良い観劇システムの構築に向けて、今できること」ほかの活動)。2016年12月、第14回読売福祉文化賞(一般部門)をTA-netとして受賞。2018年より、東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野・熊谷研究室にてユーザーリサーチャーとして勤務開始。

法律改正をきっかけに増えてきた観劇支援

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(オンラインインタビューの時の、zoom画面の写真です。廣川さんとインタビュアーの他に、廣川さんの手話通訳者が2名と、THEATRE for ALLのスタッフが2名参加しています)

「基本的には、聞こえない・見えない方も芝居を楽しめるためにできることは何だろう、足りないことは何だろうと考えながら活動しているんです。障害ある・なしに関係なく、良い作品を良い状況で楽しんでいただきたい。そのための支援をしています」

そう話す廣川さんが理事長を務めるTA-netのモットーは、「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」というもの。

芝居を見るときに障害となるのはどんなことなのか。それを取り除くにはどうすればいいのか……そういったことを、聞こえる人も聞こえない人も、俳優も観客も舞台関係者も一緒になって考えながら、みんなが一緒に観劇を楽しめる環境づくりを目指しています。

たとえばその手法として、字幕、舞台手話通訳、音声ガイドがありますが、その技術をさらに高めたり、他にもどんな方法があるのか模索したり。最近ではインターネット配信が増加する中、動画に字幕や手話通訳をつけるという新しい活動も行っているのだとか。それとともに、情報発信や相談受付、意識調査など、さまざまなやり方で「みんなが一緒に舞台を楽しめる環境」を作っているのだと話してくださいました。

廣川さんは、この活動を始めるきっかけについてこう語ります。

「もともと私は舞台を見るとき、せりふが聞こえないので台本を前もって借りていました。でも、芝居を見ながら台本を読むのって難しくて。だから事前に台本を読んで、中身を把握してから観ていたんですね。
だけど12年前にイギリスに行ったとき、字幕や舞台手話通訳、音声ガイドなど、聞こえない・見えない人にも配慮された公演がたくさんあったんです。それを見て感動して、イギリスのやり方を日本にも広げたいと思い、帰国後に有志を募りこの団体を立ち上げました」

その頃の日本の劇場では、車椅子を使う方へのバリアフリー化は進み始めていましたが、聞こえない・見えない方たちに対する観劇支援はあまり進んでいなかったのだそうです。その理由としては、コストがかかることがひとつ。たとえば車椅子の方の場合は「座席を確保する」というハード面がクリアできればいいのですが、字幕や手話通訳といったソフト面の場合、作品ごとに付与していかなくてはなりません。「また、作品にそういった支援をつけると、他のお客様が違和感や煩わしさを感じる可能性もあるため、なかなか進まなかったのではないのでしょうか」と廣川さんは話します。

「だけど最近では、見えない・聞こえない人に向けての観劇支援も増えてきました。私たちが活動を始めたころは小劇場や小さな劇団がほとんどでしたが、2018年に『障害者による文化芸術活動の推進に関する法律』ができたことをきっかけに、公立系の大きな劇場でもそういった観劇支援が積極的に進められるようになってきたんです。また、オリンピック開催に向けてもバリアフリー化がより考えられるようになってきたのかな、と。そのおかげで進んでいることは嬉しく思っています」

時代の変化、法律の変化とともに、観劇支援の動きもまた大きく変わっていっているようです。

回路35 法律の改正が、現場を大きく変えていく力を持っている

舞台手話通訳のメリットと、その可能性

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画像提供:『白雪姫』ビッグアイ2018年
「ビッグ・アイ 劇場体験プログラム 劇場って楽しい!!!」公演「ミュージカル劇団 音芽 ~白雪姫~」より
(演劇『白雪姫』にて、白雪姫役と猟師役の俳優が演劇を行っている写真です。舞台の左端、ピアノの前の方で、赤い服を着た人が手話通訳を行っています)

聞こえない方が舞台を楽しむ方法としては、字幕と手話通訳があります。字幕は体験したことがあるけれど、舞台での手話通訳は見たことがないという方も多いのではないでしょうか。

この舞台手話通訳に関して養成、監修、コーディネートを含めて総合的に支援を行っているのは、現状TA-netさんのみということ。そこで廣川さんに、「聞こえない方にとっては字幕と手話通訳、どちらが良いのでしょうか」という質問をさせていただきました。

字幕では、言語として『日本語』が使われます。聞こえる人が話している『日本語』を文字にして、それを読むという手法ですね。でも、日本語の文章からだけで感情を読み取れない可能性もあります。たとえば、ひとつの言葉にどういった気持ちが込められているのかは、文字だけではなかなか掴み取れません。声はどんなトーンなのか、怒っているのか、喜んでいるのか。字幕だけではそこがカバーできず、受け取り方にズレが起こることがあるんですね。

一方で手話通訳の場合、感情がすごく伝わりやすくなるというメリットがあります。手話の表現には話し手の表情も含まれるので、『そうよね』という言葉ひとつにしても、優しい言い方にすることもできれば、きつい言い方にすることもできる。手話通訳者が役者の気持ちを汲み取り、それを手話・表情・体を通して伝えるので、見ている人は感情を理解しやすい。このふたつには、そういった違いがあるんです」

その上で廣川さんは、「字幕も手話通訳、どちらも必要とされている方がいるので、両方の準備があるとなお良いと思います。『選べる環境である』ということが重要なのではないでしょうか」と話してくれました。

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(演劇『メゾン』の1シーンです。テーブルを挟んで向き合って座っている男女の俳優の間で、青い服を着た女性が手話通訳を行っています)

TA-netさんが企画・制作をした演劇『メゾン』でも、字幕、音声ガイドの他に、まさにこの手話通訳が活用されています。

この作品を観たとき私が驚いたのは、手話通訳者が役者とともに存在し、舞台上で動いていたことです。登場人物のひとりとまではいかないにしても、まるで透明な人間のようにそこに存在し、演劇の内容をリアルに伝えていました。それを観て、こんな観劇支援のしかたもあるのだなと、新しい表現方法としても興味深く感じました。

そう話すと廣川さんは「手話通訳の方法にもいろいろあるんです」と、その内容を教えてくれました。

ひとつめは、舞台袖で手話通訳をおこなう「額縁型(固定)」。舞台を絵とすると、手話通訳者は額縁の外に立ち、中に入らないで通訳を行う形で、役者との関与が薄くなります。
ふたつめは、役者の中に入って都度立ち位置を変えながら手話通訳をするというもの。これは「メゾン」でもとられていた手法で、手話通訳者は舞台の上を動き、ときどき役者とからみながら手話通訳をしますが、芝居の中に完全に入るわけではありません。廣川さんたちは現在それを「内包型(ムーブアラウンド)」と仮に呼んでいるそうです。

舞台演劇における合理的配慮の整備が日本よりも進んでいる海外では、すぐ取り入れやすい方法として「額縁型」が採用されることが多いそうですが、日本では意外にも「内包型(ムーブアラウンド)」の依頼が多いとのこと。その理由としては「通訳がいる」ことに違和感を覚えない手法だからだそうです。(出典:萩原彩子,廣川麻子,米内山陽子.舞台演劇における手話通訳パターン分類.日本手話通訳学会2019年度研究紀要.P79-81.2020;17)

「2年前、世田谷パブリックシアターで公開された『チック』という作品にも手話通訳をつけたのですが、当初は額縁型で進めていたものの、演出家の方がその様子を見て『これではもったいないのでは』と一部、内包型に変更されたことがありました。その中で、手話通訳者の手話を役者も真似るというシーンを入れ、自然な演出をしてくださったんですね。それをご覧になったお客様も『手話っておもしろい表現だな』とSNSに書き込んでくださり、とても嬉しかったです」

回路36 手話通訳には、言葉だけでなく表情や感情も伝える力がある。また、作品に合った手話通訳の仕方がある

観劇支援が進まない理由は「考えすぎてしまう」から

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(ロームシアター京都で、講演終了後にみんなで集まって話し合っている様子の写真です。廣川さんや劇場の方、ろう者の方々など、合計11名でディスカッションを行っています)

そんなふうに観劇支援が進む一方で、なかなか支援が進まない劇場もあります。たとえば同じ作品でも、東京公演では字幕などの観劇支援があったのに、地方公演ではない、ということも少なくないのだとか。それは一体なぜなのでしょう?

「費用をかけてまで字幕を作ったにも関わらず、各劇場の考え方によってはそれが使われない、ということがあります。その理由としては、『いろいろ考えすぎてしまう』からではないかなと思います。観劇支援の知識やハウツーがない、つまり『わからない』から、クレームや面倒を恐れて、新しいことに対して構えてしまう。でもそこまで考えすぎずに、まずは受け入れていただきたいなと思っています」

廣川さんは各地域の劇場を訪問するとき、必ずその地域の聞こえない方々にも同席してもらっています。そしてどうすれば「良い作品を良い状況で楽しめるのか」を意見交換する。そうするうちに、劇場の方はもちろん、これまでに芝居に興味がなかったろう者の方も、少しずつ心を開いて観劇に興味を持ってくれるのだそうです。

「その一歩を踏み出すために必要なのは、覚悟と勇気だと思います」

「わからない」ということがブレーキになっている現状。でも、きっと完全に「わかる」ことはないのかもしれません。そんな中でできるのは、違う感覚を持っている人どうしで「わからない」を前提にコミュニケーションを取っていくことなのでしょう。

「どうしたらみんなが楽しく一緒に観劇できるのか」
その問いに対して正解はきっとなく、みんなで話し合いながら一緒に作っていくものなのかもしれないなと、廣川さんのお話をうかがいながら思いました。

回路37 いろいろ考えすぎてしまうと動けない。まずは覚悟と勇気をもって、わからないことを聞くこと

障害のある・なしで「わけない」ということの大切さ

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(再び、オンラインインタビューの時のzoom画面の写真です。廣川さんが笑顔で手話表現をしています)

THATRE for ALLにおいて、廣川さんは公募作品の審査員としても力を貸してくださっています。審査の中で感じたのは、「THEATRE for ALLに合うかどうかという観点だけではなく、とにかくいろんなジャンルのものをやってみるということが大事なのでは」ということだったそうです。

「いろんなジャンルの作品に、字幕、手話通訳、音声ガイドをつけてみる。それがおもしろいのかどうかをこちらで決めてしまわずに、受け手に委ねることが大事なのではと思います。私も以前は『ろう者にこの作品は楽しめないのではないか』と決めつけてしまうことがありましたが、実際にやってみないとわからない。おもしろいと思う人もいるかもしれない。それは聞こえる人でも一緒ですよね。感じ方は人それぞれ。だから勝手に決めつけず、とにかくさまざまな選択肢を提供することが大切なんです」

その言葉を聞いて、さきほどの「わからない」ということがブレーキになっている、という話を思い出しました。自分とは感じ方が違う人のことは「わからない」からシャットダウンする。「わからない」から決めつける。でも、もしかしたらもっと豊かな鑑賞体験が生まれて、この作品に出会えてよかったと思う人が現れるかもしれない。「わからない」のブレーキをはずして「わかろう」としたとき、そこにはさまざまな選択肢、つまり可能性が生まれます。

最後に廣川さんが、観劇支援を行うときに大切な心がけについて教えてくださいました。

「私はいつも、『わけない』ことが大事だと話しています。『今日は聞こえない人のための日』というように分けるのではなく、広く誰もが楽しめる観劇環境を目指したい。聞こえない人も、聞こえる人も、同じ時間に同じ場所で、同じ作品を共有できる。隣にいるのが自分とはちがう立場の人でも、終わったあとに感じたことをディスカッションできる環境をつくるのが大切だと思うんです」

「自分とは感じ方がちがう人がいるんだ」と知ることで、もっと視野を広げていける。そしてもっと自分のことを理解できる。そんな出会いの場となる可能性があるのだと、廣川さんは語りました。

「わからない」から「わける」のではなく、「わかろう」とする……
その上でTA-netの「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」というモットーに返ってみると、シンプルな言葉ではあれど実はとても革新的なことがわかります。だけどそれが今後当たり前になれば、その空間ではより豊かな出会いが生まれることでしょう。

廣川さんの表情や言葉から、そんなことを学んだインタビューでした。

回路38 障害のある・なしで『わけない』ことを前提に、同じ場所で同じ作品を共有できる、出会いの場を創造していく

TA-netさんの活動については、こちらで知ることができます。ぜひチェックしてみてくださいね。

https://ta-net.org/

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(最後にもう一度、オンラインインタビューの時の、zoom画面の写真です。インタビュー終了後、みんなが笑顔で画面に映っています)


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執筆者

土門蘭
1985年広島生まれ、京都在住。小説・短歌・エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事の執筆などを行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミとの共著)、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

(取材日:2021年2月25日)

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