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【め #24】視覚障害者柔道こそが本来の柔道スタイル

佐藤 雅也さん


 佐藤さんは、『日本視覚障害者柔道連盟』の専務理事を務める。同連盟は、来年で創設40年。過去には皇太子殿下(現天皇陛下)をお招きしたことがある伝統ある団体である。

 と同時に、佐藤さんは三重県の保健体育の教員も務める。中学1年から柔道を始めるや、中高6年間を通して、県内では名を馳せた選手であった。「学校の先生になりたくて」日体大に進むと、その後バルセロナオリンピックで金メダルを獲得する古賀稔彦選手らと共に汗を流した。


 その後、地元で教員になるが、26歳の時に県立盲学校への勤務を言い渡される。「実は、残念だった。普通校で柔道を教えて強くしたかった」。しかし、そのことを自身の恩師に伝えると、「いい学校に決まったね。障害児教育は教育の原点だよ。」と言われた。

 転機はもう一つ。勤務先に、かつて一般校で県内ベスト8までいった先天性の弱視の生徒が入学してくる。その障害故に「もう一生柔道をすることはないと思っていた」と話す彼に、佐藤さんは視覚障害者柔道を紹介した。二人で練習を再開するや「めきめきと力をつけて」、選手と引率教員として自費で海外の世界大会に参加し、その後のフェスピック、ワールドカップ、世界選手権などでも次々にメダルを獲得していった。そして北京2008パラリンピックでは日本代表として出場した。

 「当時はよくわからなかった」障害児教育は教育の原点と話した恩師の言葉の意味が、「現場に立ってみてわかってきた」。赤ちゃんは生まれて最初から言葉も目も歩くこともうまくできるわけではない。それでも自分で学習してできるようになる。であれば、「見えない聞こえない子供たちが少しでもできるように教えるだけ」だった。


 指導した生徒が強くなっていくと同時に、『日本視覚障害者柔道連盟』から声がかかり、合宿へのボランティア参加から始まり、連盟のスタッフ、ヘッドコーチ、東京2020パラリンピックでは強化委員長兼女子監督へと「一引率教員から上がっていった」。東京2020の後、パリ2024やロサンゼルス2028に向けた更なる普及・強化のため、さらに専務理事に就任した。

 佐藤さん自身が一引率教員から上がっていく過程は、連盟が「井の中の蛙だった」一団体から「世界を目指す」組織へと上がっていく過程でもあった。はるか昔、視覚障害者柔道がパラリンピックの正式種目になった頃は「日本代表として出場すれば、そのまま金メダルが取れる時代」だったが、それが難しくなっていく。誤解を恐れずに言えば、「視覚障害のある仲間同士で助け合ってきたことは素晴らしいが、そこを超えた外との連携や発信もなかった」。佐藤さんは仲間とともに、全日本柔道連盟や講道館、柔道の強い大学や実業団に声をかけ、障害の有無に関わらず「一緒に練習することから始めた」。それはその後、現物協賛や活動費の提供などにもつながり、「少しずつ自前主義から抜け出し」、マスコミなどにも自ら働きかけることで、知名度も上がっていった。

 「盲学校に配属されなかったら、今はない」。佐藤さん自身、それまでパラリンピックの存在は知っていたが、「オリンピックばかり観ていたし、柔道をやっている身でも視覚障害者柔道は知らなかった」。

 それでも、盲学校から転勤になってからも視覚障害者柔道に関わり続けた理由は、「0からやっていく楽しさ」だった。健常者の柔道の世界で、地方の一学校からオリンピック代表になれる可能性は0に等しい。でも、「パラリンピックであればはるかに可能性が高く、世界レベルの選手を育てることもできる」。

 もちろん、「ポッと出で、そこまでいけるわけではない」。だから視覚障害者柔道の幅広い普及と、小さい頃からの育成に、専務理事として取り組んでいる。聞けば、前日も広島で、盲学校ではなく一般校の指導者に対して、視覚障害者柔道の歴史から畳の上でのアイマスクをしての疑似体験まで、講習を実施したそう。別の新潟では、健常の小学生や保護者にまで視覚障害者柔道を体験してもらった。
 
vなぜ一般校の指導者や健常の小学生に対してなのか。「今の時代は、弱視であれば普通校に行くケースが多い。視力に課題があるだけで体は健全な生徒でも、指導者側が“危ない”“事故を起こしたらまずい”と指導を躊躇してしまってはいけない。また、近くの友達が競技を知っていれば勧めてくれるかもしれない。」ことが理由。まさに、幅広い普及と、小さい頃からの育成だ。


v視覚障害者柔道は、お互いに組んでから試合を始める。場外なら、それを声で伝える。健常者の柔道でも組まなければ指導という反則を与えられるし、場外に逃げるのもいけない。ルールを少しだけ工夫することで、目が見えなくても競技をできるようにしている。「正々堂々やることは同じ」と教えてもらった。「障害児教育が教育の原点というように、視覚障害者柔道こそが本来の柔道スタイルだ」とも語っていた。

 こうした考え方や、佐藤さんが『日本視覚障害者柔道連盟』で取り組まれてきたことには、柔道に限らず他にも共通する多くの学びがあるはずだ。


▷ 日本視覚障害者柔道連盟



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