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【横断 #2】福祉もビジネスもゼロベースだった起業家

森井 優希さん


 障害者福祉施設やハンディキャップのある方々が携わっている商品に特化したネット通販サイト『PIPPO』。当事者が製作した商品を全国に広める活動を通じて「『福祉』を身近に、日常に」しようとサイトを立ち上げたのが、NPO法人PIPPOの代表理事である森井さんだ。

 これまで、Metaといった世界的な外資系企業や国内大手製薬会社が、企業内イベントで使うお菓子や、国内企業などが顧客へのお歳暮や手土産として利用している。さぞかしイケイケの代表かと思ったら、良い意味で期待を裏切られた。


 「20代のほとんどを、自分を療養する時間に使いましたから」。会社で働くも、働き方や自分のスキルに合わない仕事を選んでしまったことで鬱になり、退職。精神科のカウンセリングやデイケアに通う中で「精神的な病や障害で苦しんでいる人がこんなにもいるんだ」と知った。その後、結婚や出産を経験し、自身の体調もある程度コントロールできるようになったが、「同級生が会社で活躍する姿を見て、自分にはそれがない」と焦った。でも、子供を預け育てながら、また“会社”に戻って多くの人と一緒に働く自信もなかった。

 友達に相談すると、「じゃあ自分でちょっと始めてみたら?」と言われ、障害者福祉施設で製作される商品が売れないという課題も聞いた。自身が精神的な病で苦しんだとはいえ「障害の種類も全く知らず、施設で商品をつくっていることさえ知らなかった」と、恥ずかしそうに話された。

 色々と自分で調べてみると、「多くの頑張っている当事者の方々がいて、多くのそれを支援する側の人がいた」。いま頑張れていない自分は、そんな方々を応援することに頑張ろうと思った。


 でも「福祉もビジネスもゼロベースでした」と苦笑いされた。ネット通販を始めてみても、当時は福祉施設がネットに精通しておらず、メールもままならない状況で、連絡も電話かファックスか。「衝撃でした」。一緒に立ち上げた理事とテレアポして実際に訪問して話をして賛同してもらうことをひたすら繰り返した。事業面でも、資金繰りや経営計画の想定が甘く、「そこ、考えてないの?」と言われながら「やり始めちゃってから、勉強した」。

 ただ、続けて森井さんが発した言葉は、起業家にとってとても重要な気がした。「でも、知ってたらできなかった」。ある人に「焼き栗を拾うみたいなことを始めたね」と言われた。何か福祉やビジネスの「経験がある人だったら、こんな利益が出ない事業を始めたりしないと思う」。でも、「始めたら始めたで、協力施設はもちろん、ボランティア、違う業界からも賛同者や協力者が増えて力を貸してもらい、続けてこられた」。“想定外”ばかりのスタートから“想定以上”の賛同を得た。


 こうして積みあがってきた『PIPPO』のサイトを是非ご覧頂きたい。
 購読者の方から「もっと価格を高くしていいのでは?」というご意見を頂くこともある。しかし、施設は、一般企業と経費や利益率の考え方が違い、従来のやり方を変えることへの不安もある。商品力を上げるという発想もあるが、施設の職員もケアが本業なのでそこに多くの労力を割けるわけではない。また、たくさん作って売りたくても、商品を製造する工程が施設利用者のカリキュラムと紐づいているため、簡単には増やせない。

 だから、すぐには変えられない。それでも、先の原材料の値上がりを見据えた価格見直しを呼びかけ、商品の表示やパッケージは管理栄養士やデザイナーの方、利益率はメーカー出身の方と、改善のための協力も広がっている。

 「自分のスキルを社会貢献のために生かしたい」協力者に対して「裁量はお任せして、自由にやって頂いている」。自分の過去を振り返ってなのか、無理してすり減っちゃうと苦しくなるので「やりすぎないでくださいね」と声をかけることも忘れない。

 「自分が、一番スキルが低いんです。チームでやったこともないし、プロジェクトの進め方もわからない。議事録も書けない。みんなで作っていっている。私は困ったことがあれば相談して、アドバイスもらったら、じゃあそれやろうと決めるだけ。それしかできない」。

 社員を気にかけて、最後決めることこそ、トップの最も重要なスキルではないか。


 そんな森井さんでも迷うジレンマがある。注文や売上は確かに伸びてきた。でも「人を雇って組織にしていこう、には程遠い」。組織を拡大した結果として、利用施設や販路が広がり、それを通じて一般の方の価値観が変わり、「『福祉』を身近に、日常に」というビジョンに近づける可能性がある。最近では、法人利用も増えてきた。でも、求められる品質や納期やスピード感に合わせられるのか。自社ではなく、「施設に負担をかけてはいけないから」。その最も大事な関係が壊れれば、両者にとってよくない結果になることを肝に銘じている。


 どの道が正しいかは、わからない。でも、まず私たちができることは、一度『PIPPO』のサイトから商品を購入してみることだ。弊社も今後、日々の手土産はこちらから購入させていただくことにします。


▷ NPO法人PIPPO



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