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【みみ #22】聞こえる人と聞こえない人をつなぐ仕事

石野 麻衣子さん


 第18話第19話でご紹介した松森さんとのコミュニケーションをつないでもらったのが、手話通訳者である石野さんだ。


 石野さんの手話との出会いは、中学2年の時。たまたま手話ができた先生を中心に学内で手話サークルが立ち上がった。子供心に「“見てわかる言葉”が面白かった」。勉強するうちに「ハマってハマって、いつか聞こえる人と聞こえない人をつなぐ仕事をしたい」と頭に浮かんだ。

 “仕事”を待たず、大学では、聞こえない人と聞こえる人が共に活動する学生団体に所属した。関係者の努力で、近年は大学が責任を持って支援体制を整えるという考え方が広まりつつあるが、当時の聞こえない学生は、自ら通訳者を用意しないといけないことも多かった。通訳の質が低かったり、エッセンスが伝わっても枝葉が抜け落ちて、“わからないことがあれば聞いてね”と言われても“わからないことがわからない”と友人から聞いた。

 そんな聞こえない学生の現実を目の当たりにして、「聞こえない学生が聞こえる学生と対等に学べる環境をつくりたい」と強く思った。中学2年の時に思い浮かんだ手話通訳者の道に本当に進もうと決意したのは、この時だった。

 地域の手話サークルにも足を運ぶと、地域にも聞こえない人がたくさんいて、「手話で出会う人や世界が広がった」。言語を身につけることで多くの人に出会えて、深いコミュニケーションが取れる。「外国語と全く同じですよ」と教えてくれた。


 ただ、どんなマイナーな外国語とも違うのは、それを専門的に学ぶ学校は極めて限られていたことだ。当時は国立障害者リハビリテーションセンター学院(国リハ)の手話通訳学科を除けばほとんどなく(現在は群馬大学にプログラムが存在)、石野さんは、地域の手話サークルや自治体の講習会に通い、後は「しゃべりながら身につけていった」。

 一方で、米国では手話通訳者養成が高等教育機関で行われ、医療系、法律系などの通訳者の専門分化も進んでいる。障害を持つアメリカ人法(ADA法)により、聴覚障害者の権利が保障され、それ故に手話通訳者は専門職としてふさわしい報酬を得ることができている。

 かたや日本では、国リハを除く手話通訳者養成の専門学校は消えてしまったそうだ。主婦やリタイアされた高齢の方が手話を学ぶケースも多く、そのような方々に日本の手話通訳業界は支えられてきた。米国の裏を返せば、日本では手話通訳者の仕事が確立しておらず、その理由は聴覚障害者の権利が確立していないからとも言える。


 最近は、手話CGアニメーションサービスが出てきおり、初めて見た時そのなめらかさに驚いたという。ただ、現状では、生身の人間による手話をモーションキャプチャーしてCG化するステップが必要だ。また、手話の文法の要素には、頷きの浅い深いや、目の開き方の大小などもあるが、そこまで再現するには手間がかかる。

 石野さんはもちろん技術の進化に期待しつつ、足元は「生身の手話通訳者自体に気軽にアクセスできる仕組み」の必要性を話された。裏を返せば、「今はその仕組みがほとんどない」。現在は、地域の手話通訳者の派遣センターに依頼して、事前にいつどこに来てほしいと予約するものだが、手話通訳者の数が少なく、急な依頼には対応できないこともある。

 コールセンターにいる通訳オペレータを介して電話で即時双方向につながる「電話リレーサービス」もあるが、緊急通報やお店の予約など、聞こえる人の電話に代わるサービスを提供する性質のため、「授業を受けたり、医療機関から説明を受けるイメージでは使えない」。

 じゃあ、掛け合わせて、遠隔の通訳派遣センターに多様な専門性をもつ手話通訳者が登録し、「あそこに依頼すればこの専門分野の手話通訳者が対応してくれる」というような、オンラインでつながれるインフラを充実できないか。それによって聴覚障害者の活躍の場が広がるのではないか。そんなアイデアももらった。


 石野さんは、前述の通り、聞こえる人が出会いや世界を広げる意味で、手話は「外国語と全く同じですよ」と教えてくれた。と同時に、「聞こえない人にとっては生きていくために必要な言語。聞こえる人が趣味で外国語を学ぶこととは意味合いが全然違う。」と真剣に話された。だからこそ、「それを保障する仕組みや考え方が広がってほしい」。

 そして、手話通訳は「聞こえない人のためだけではなく、聞こえない聞こえる双方の人のためのもの。それは間違えないでほしい。」と強調された。言語の保障を大前提として、聞こえない人が参加することによって生み出されるものは大きいと学生時代から実感してきたからだ。

 石野さんは必ずしも手話だけの重要性を訴えているわけではない。「手話通訳者がいないと話せないわけじゃない。少しの手話単語だけでも知っていればコミュニケーションの幅が広がる。筆談する、スマホに打つ、全員で模造紙を囲み書いてディスカッションしてもいい」。手段の別ではなく「そこに聞こえない人がいるかもという意識」こそが広がってほしい。「聴覚障害は、見えない障害。だから、周囲が意識しないと、完全にいない存在になっちゃう。」という言葉が印象に残る。


 石野さんは、手話通訳を続けながら、筑波大学の大学院で聴覚障害者が学ぶための手話通訳を研究し、筑波技術大学の教員として聴覚障害学生支援に取り組んだ後、2年前に独立し、手話通訳のみならず、バリアフリー字幕制作や、手話・音声日本語文字起こし等も手掛けている。

 突き進んできた理由を聞くと、「どうしても聞こえない人が置かれている立場の弱さとか差別されている状況が個人的には嫌。そこを何とかしたい。」と返ってきた。中学2年で手話に出会い、大学時代に手話通訳者を志してから、想いは何一つ変わっていない。






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