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【こえ #9】東京医科歯科大学の摂食嚥下(せっしょくえんげ)リハビリテーション学分野の教授という立場から…

戸原 玄さん


 戸原さんは声を失っていない。東京医科歯科大学の摂食嚥下(せっしょくえんげ)リハビリテーション学分野の教授という立場から声を失った人に寄り添う。

 「摂食嚥下」とは、食べ物を口に運び取り込んで細かくかんで飲みこむまでの一連の動作を指す。一見当たり前と思われるこの動作がスムーズに行われるには、多くの器官の筋肉や神経などが連携して働く必要がある。逆に言えば、その筋肉や神経の活動が低下したままになると、動作ができなくなることを意味する。

 歯科医師を目指す学生時代にこの「摂食嚥下」が何かさえ知らなかったが、たまたま始めた訪問診療を通じて、寝たきりによる活動の低下で体が動かなくなるだけでなく気管切開などにより声を出せなくなる人を目の当たりにした。

 口が動けば微かに声が聞こえるが、伝わりづらい。患者さんはそんな状態に「自分なんて終わりだ」と無力感を感じ、その無力感は健康に、周囲の人々の生活に影響する。それを何とかしたかった。

 ヒントは思わぬ方向から浮かぶ。昔からロックバンドのエアロスミスやボン・ジョヴィが好きだった。彼らは、楽器から出る音を特殊に加工して変化させる「エフェクター」を使って、楽器の音が喋っているような歌声を再現していた。

 その発想から誕生したのが、「Voice Retriever」。コミュニケーションに障害を抱えた方のために第二の声を届ける機器で、訓練なしにすぐに使えて自分の意思を伝えられることが特徴だ。

 この機器の音質をもっと良くしてユーザーに「のど自慢に出てほしい」。ふざけているのではない。「”障害者のために”って括り方をしたくないんです。誤解を恐れず言えば、障害とか健常とか関係なく面白い人が生まれてほしい」。

 
 こうした想いの原点を聞くと、「手あたり次第優しくしたい」と返ってきた。小学校の時にひどいイジメにあったからかもしれない。ちょっとでも声をかけてくれる人がいるだけで違うことを知っている。誰かが道に迷ってそうと思ったらすぐに声をかける。携帯電話を落とした女の子を一生懸命追いかけて不審者と間違われたこともある。

 ふと「でも結局は自分のためかもしれません。優しくして良かったら自分がホッとする。誰かに優しくなれるなら自分のためでもいいかなって」と微笑まれた。


 実は何もやりたいことがなく、ご両親が歯医者だったからこの道に進んだそう。でも、どの道を進むかと同じくらいどう道を進むかということが大事なことを教わった気がした。


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