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【こえ #4】どうしてももう一度発したい言葉は…

篠田 乃武子さん


 声を失ってから、どうしてももう一度発したい言葉は「こたろう、おはよう」だった。


 新年会で「声がガラガラだね」と指摘されたことをきっかけに癌が見つかって手術。しばらく経って声が出なくなってきてレーザーを当てたが、でもやっぱり調子が悪く、33回の放射線を当てた。これで治ると期待したが、CT(コンピューター断層撮影)で甲状腺への転移が見つかった。空気の通り道であり声帯を振動させて声を出す働きもする喉頭を摘出した。


 手術して帰宅した時の柴犬の「こたろう」の顔を今でも忘れられない。いつもあれだけベタベタしてきた愛犬が自分から後ずさりした。いつも名前を呼んでくれるご主人様が名前を、言葉を発してくれない。喉がゴロゴロ鳴り、口だけパクパクしている姿に驚いて後ずさりしたのだ。

 あたりまえだが、犬は筆談ができない。篠田さんは退院したその月から、声帯を摘出し声を失った人に対して発声訓練を通じて社会復帰を支援する「銀鈴会(ぎんれいかい)」に通い始める。もう一度「こたろうに」に話しかけるために。


 器具を使わず訓練して新しい自分の声で発声する「食道発声」の習得には時間がかかる。そのため、振動を喉へ押し当てることで音を出す「電気式人工喉頭(EL)」も試したが、抑揚がなく冷たく単調に聞こえてしまう。できるだけ昔と同じように愛犬と話そうと「食道発声」に取り組んだ。

 「こたろう」の「こ」を一音出す、それが難しい。第3話でご紹介した木村さんの指導で「銀鈴会」の教室に来ればできるが、その日帰宅したらできないという繰り返し。その一音を常時出せるようになるまで3~4か月かかった。

 それから季節を問わず週3回教室に通い続けた。目標だった「こたろう、おはよう」とスムーズに続けて言えるまで!!さらにご近所さんに話しかけられてタイムラグなしに答えられるようになるまで丸々3年かかった。

 今ではご近所や飲み仲間は昔と変わらずつきあってくれる。愛犬の存在のおかげでここまで戻ってこられた。「こたろう」は3年前に亡くなった。それでも帰宅すれば残してある愛犬のベッドに「こたろう、ただいま」と話しかけ、日々の出来事を報告する。「発声の訓練と頭の体操になるから」。自分の声を保とうとする動機はいまでも「こたろう」だ。


 騒がしい居酒屋で飲み仲間と話すには声の音量が足りない。昔は手に入った発声補助装置は今や手に入らない。この先年齢を重ねて筋力が衰えれば「食道発声」を続けられない可能性もある。今よりもっと抑揚がある人間的な声が出せる超軽量、超小型の「電気式」人工喉頭」があれば使いたい。

 「女の人って、やっぱりお喋りなのね」。そんな想いを叶える装置を届けてあげたい。

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