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【こころ #43】就労支援を利用する側から提供する側に


Yさん


 「自分が助けてもらったことを、いま利用者さんたちにやってあげているだけ」。Yさんは現在、ある就労継続支援B型事業所の所長を務めているが、以前は同じ事業所の利用者でもあった。


 Yさんは、新卒で入社した会社で左手に怪我を負い、退職を余儀なくされる。次の職場では人間関係に悩み、再び退職を余儀なくされるのみならず、それが原因で鬱病と診断された。

 その後、精神科やデイケアに通いつつも、「自分は本当にこのままでいいのか、何かやらなくては自分がダメになってしまう」と将来に向けた漠然とした不安を抱える中で、出会ったのが、現在所長を務める就労継続支援B型事業所だった。


 当時、その就労継続支援B型事業所は開所して間もなく、職員も利用者の分け隔てなく「皆が一体となって日々の作業に取り組んでいた」。Yさんも「人に頼られる、自分を必要としている人がいる、誰かの役に立つことができる、それがただ嬉しかった」から、一生懸命に取り組んだ。

 そうした日々を通じ、社会に出て「失敗続きで自信を失くしていた」Yさんから徐々に不安が消えて行く中で、ある時、事業所の理事長から思わぬ声をかけられる。「職員にならないか?」

 それまで「福祉を仕事にしようとは思ってもみなかった」Yさんは、「自分なんかが、福祉の知識もない自分が、支援者側に立つことができるのか」と、何度も悩む。しかし、利用者の立場で得た、信頼できる仲間と安心して働ける場所が、Yさんの背中を押した。


 同じ就労継続支援B型事業所でも、Yさんの立場は利用者から支援者に180度変わった。そこから支援者としての経験を積み重ねたYさんの口から出る言葉は、かつて利用者側だったとは思えないものだった。

 「利用者さんたちは、圧倒的に経験値が足りない。だからこそ、色々な経験をしてもらいたい」。「その様々な経験の中から、(利用者さんの)選択肢を増やしてあげたい」。そして、「自分自身で、その選択をしてほしい」。

 そのためにYさんは、「新しいことへの挑戦やそれを選択することへのハードルを下げ、可能性を広げる大切さを感じてもらう」ために、利用者さん発意の取り組みを重視している。支援者として、「利用者さんにとって“これは難しいんじゃないか”と決めつけてしまうことは違う」。例え初めのうちはできなくても、「だんだんできるようになるし、ダメだったらダメでもいい。まずはやってみないとわからない」という姿勢を大切にしている。


 Yさんは、かつての自分自身を振り返るように話した。「環境を変えるのが難しかったり、選択肢が少ないという人にこそ、事業所を利用してほしい」。

 今のYさんにとって、「利用者さんが日々成長していく姿を見るのが喜び」であり、「利用者さんの体調が良くなって就職していくことを見送ることが楽しみ」である。かつての利用者という立場からは考えもしなった福祉の仕事は、「その人の良い人生のお手伝いをすることが自分の役目」と話すまでになった。


 何より、「この仕事のお陰で自分が救われた」という言葉が印象的だった。

 同じ当事者経験をした支援者に見守られて、利用者は新しい挑戦や選択肢を手に入れて行く。それが翻って支援者がかつて苦しんだ経験を意味のあるものに肯定する。そんな経験の流通こそ大きな価値がある。そう思わせるYさんとの話だった。




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