物語が人の心に訴えかける

本記事における物語とは

「物語」と聞くと、ハリーポッターやナルニア国物語など、いわゆる小説になっているようなものを思い浮かべるが、この記事における「物語」は少し広い概念で捉える。
「そこに至るまでに様々な物語がある」とか「物語性がある」とか、そのような文脈で使われる意味を含む。
要は、TalesやChroniclesではなく、Storyである

本編

物語は受け手の印象を大きく変える

先日の記事で、綾鷹カフェの広告について書いたが、似たような考え方である。
(シンプルにものを見せる前提として、これまでシンプルでない前提情報があることが大切であることを記した)

誰もが、何かモノを買ったりサービスを使ったりする際に、そこに至ったドラマがあるはずなのである。

そこに至ったドラマは大小ある。
そこに至ったドラマは十人十色である

モノ売りやサービス提供者は、ユーザーらの頭の中に新たなドラマを加えることで、ユーザーらはお互いに近いスタート地点からモノやサービスを体験することができる。

事例から学ぶ

音楽×物語 HoneyComeBear

HoneyComeBearは、2017から東京を拠点として活動している2人組の音楽ユニットである。

個人的にお気に入りの作品はいくつもあるのだが、特に印象に残った彼らの活動の1つが2021年8月1日から10日連続で毎日19時に新しいミュージックビデオを公開するといったものがあった。それらの曲はHappyENDというアルバムとなっている。

この活動は10日連続でただ作品をリリースしただけではなく、その10作品が1つの物語になっているのである。

10作品目のミュージックビデオ「十夏の花」を観る頃には、すっかり物語の世界に入ったような意識になっている。楽器はその世界の自然の音、声はその世界の中の人の声、と錯覚してしまう。

こうして、物語のクライマックスの景色として記憶に刻まれ、それはたった1つの作品を観る・聴くのとは全く違う強力な印象を残すと思う。

アパレル×物語 Maison Kitsune

Maison Kitsuneは、フランス・パリを拠点とするアパレルブランドである。

日本語のキツネを由来とするブランド名には、キツネのあらゆるものに変身できる一面を込めているようである。

さて、日本古来の説話や伝承などで、狐は人間をはじめとする様々なものに化ける存在として語られてきている。
恥ずかしながら、漫画の『ナルト』の主人公ナルトが狐になるイメージしかなかった私は、狐はそのような(あらゆるものに返信する)存在なのだと、Maison Kitsuneのファンになってから知った。

ただ、その物語を知ったことを境に、私はMaison Kitsuneのただのファンではなく、カルトファンに近づいたかもしれない。
やはり、物語は偉大だと感じている。

そして、Maison Kitsuneは、年々様々なキツネのロゴやデザインが描かれたアパレルを展開している。

これを色々な種類のロゴやデザインと捉えず、あるキツネが様々な姿に変身しながら、衣服の上に描かれていると捉えてしまう。
短編集ではなく、1つの物語なのである。

まとめ

まさにAIやメタバースといったある意味冷たくもなりうる要素が増えてきた世の中で、リアルな人間にしか分からない良さが、物語にはあるかもしれないと思う。

今日も帰りの電車で、この人たちには各々の物語があるのだろうなーと思う。

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