見出し画像

日本のコリアンダーの玄関口 #2

(原題「Spice Journal vol.15 夢のコリアンダー 与那国島クシティ伝説」)

Top Page スパイスジャーナルという本
1.コリアンダーは伝統野菜
2.空港横にクシティの花畑
3.クシティはどこから来たのか
4.台湾とそれほどに近い
5.考察 海のシルクロード
特別編.クシティの味わいとレシピ

2.空港横にクシティの花畑

 翌日、我々は石垣空港から39人乗りの可愛いプロペラ機で飛び立った。垂直尾翼に大きくシーサーのイラストが描かれた、黄色と青色のカジュアルな装いである。マイクロバスのようなそれはふわふわと風に揺られ、時折同乗するおばちゃん4人組が叫び声をあげるのであった。

 飛行時間は30分にも満たない。石垣島から沖縄那覇までが約400キロなのに対し、与那国島までは130キロほどとかなり近いのだ。飛び立ってわずか20分ほどで窓の外には深い紺色の海と分厚いステーキのような形をした与那国島が見えてきた。黒褐色の断崖絶壁に、真っ白な波しぶきがどっかーんとぶつかる。さすがカジキ釣りの本場、黒潮に浮かぶ島だ。

 今日はあいにくの曇天だが、晴れれば海の向こうに台湾が見えるという。

画像2
台湾までは百十一キロと石垣島よりも近い

 着陸。タラップを降りると、どこからか潮の香りのする風が吹いてきた。どっしりと重たい風。帽子を押さえながら建物のほうへと足早に向かう。

 空港はどこかの田舎の駅のようにも見える。売店と2、3軒の土産物屋、レストランがあるだけで、一歩外へ出るとそこは駐車場と緑と青い空。二台の車が置かれていて、聞こえるのは風の音だけ。

 駐車場にはマイクロバス一台と、ワイルドな軽バン1台だけ。我々は迷うことなく軽バンの方へと近づく。あちこちが微妙に凹んだボディ、下部は全体に錆びて虫歯のように穴が開いている。すぐに男性が運転席から降りてきた。背は160センチ半ばくらい、茶褐色に光る肌。渋い顔つきが、ふわっと笑顔になった。「めんそーれ、ようこそっ。大阪の河村さんご一行ですね」

車に乗り込み、小さな空港を後にする。ハンドルを握るご主人にさっそくコリアンダーの話を聞いてみる。

「はいクシティね。自生でも野生でもないね。あれは畑に蒔いて育てるの。そして種をとってまた育てるわけ。みんな家々で栽培してるよ。戦前に台湾から来たって言う話さ。与那国の人はみんな出稼ぎに台湾へ行ってたから誰かが持ち帰ったんだろうね」

 東の眼下にナンタ浜と港が、北には大海原が広がっている。宿の入口には『さんぺい荘』と書かれた木の看板がかかっていた。

 入口を案内するご主人がいきなりしゃがみこみ、コンクリートの脇から顔を覗かせている50センチくらいの茶色くなった植物を指さした。

画像1
「ほら、これクシティね」

 結実してシードができている。よくみると建物の周辺のあちこちに点在しているではないか。

「ここは畑ではなく建物と通りの間。まさか、ここに種を蒔いたんですか」

「ん、蒔いてないよ。どっかからやってきたか落ちたんだろね。どこにでも咲いてるよ」

「それを自生と呼ぶんとちゃいますの?!」

「・・・・・・」

 一人一泊朝食付きで2500円。宿は高台の上にたっているとはいうものの、少なくとも我々が泊まる部屋からはご主人のお宅が立ちはだかっていて海は見えない。時折波が岩にぶつかる図太い音と潮風が吹き抜ける。部屋は明るく、八畳ほどはあるだろうか。

 さて、さっそく出かける。「島は自転車で周ることができる」とネットに書いてあったとマキちゃんは言うが、宿のご主人が絶対に無理というので、空港のレンタカーを予約した。すぐに女性が車に乗って迎えに来てくれた。40歳前後だろうか。空港までお送りする道のり、車中で女性にクシティのことを聞いてみる。

「さぁ、歴史はぜんぜんわからないけど、とにかく与那国の人はクシティをよく食べますよ。生のままツナと混ぜたり。掻き揚げとか、さつま揚げみたいなカマボコにいれたりもする。冷凍もできるけど、島の人は新鮮なものを食べてます。内地のタイ料理店に行ったことがあるんですけど、トムヤンクンにほんのわずかなしなびたクシティが浮いているのを見て愕然としたことがあります。与那国ではクシティといえばボウルや丼鉢なんかにどっさり入れて、掻きこむようにして食べるものです」

 話題は台湾に飛ぶ。

「そうそう、与那国の人はついこのあいだまでみんな台湾へいって社会の勉強をしたんです。女は嫁入り前の修行のため、男は仕事をするために。当時の与那国の人たちにとって、都は沖縄本島や東京ではなく、台湾だったんですよ。そんな時代にクシティもやってきたんじゃないかなと私は思いますけど」

 空港のレストランで使うクシティの自家菜園がすぐ近所にあるというのでそちらへ連れて行ってもらう。ハイビスカスの並木の奥に3畝(約300㎡)ほどの農園があった。

 畑の大半にクシティの花が咲き誇っている。真っ白な米粒を寄せ集めたような小さな花びらだ。50センチほどの高さに成長している。時は4月23日。与那国でのクシティの旬は11月頃から2月頃にかけて。現在は来シーズンの種用のものを育てているのだそうだ。

「クシティは一年草だからこうして種をとってまた来シーズン植えるわけね」

 クシティの隣にはまだ青い唐辛子がずらりと並んで植わっていた。小型でやや丸みを帯びた形の沖縄のシマトウガラシだ。垣根の所々からハイビスカスの真っ赤な花が顔をのぞかせる。

 この後、我々は空港のカウンターでレンタカーの手続きをして車をチャーター。女性にお礼を告げていよいよ与那国クシティ調査の幕があける。

 さて、今から今回のキーマンである、マキちゃんのご親戚のスミ子さんのところへ行く。島には大きく分けて三つの集落がある。そのうちの最も大きな祖納(そない)というエリアに住んでいるという。

画像4

 3.クシティはどこから来たのか へつづく



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?