杉本貴司「ユニクロ」
ユニクロの正史であり、社史
ユニクロといえば創設者の柳井正ですが、本書は柳井正の伝記ではなく、「ユニクロ」についての作品。
公式や社史とは書いてないけれど、柳井正や社員、関係者の証言があり、なにより本書の装丁はユニクロのロゴを手がけた佐藤可士和で、ユニクロのロゴがそのまま使用されています。
「ユニクロがどこまで明かしたか?」と「杉本貴司はどこまで迫ったか?」の両方を意識しながら読む必要があります。
500ページでは足りない
本書は参考文献の開示を含めて全494ページ。500ページある大著でありながら、まだまだ知りたいことがあると感じてしまったのだから、ユニクロを書くなら500ページでは足りないということ。
たとえば、ジョン・ジェイ(「広告批評」の読者としては「ジョン・C・ジェイ」でしょと言いたくなる)がファーストリテイリングのクリエイティブのトップに就任してからしていること。
たとえば、一社提供で広告を出していた雑誌「考える人」(新潮社)のこと。
たとえば、UTのこと。
たとえば、導入されて話題となったレジのこと。
たとえば、かつては「ユニバレ」と言われていた状況から、新製品の発売と同時に転売が盛んに行われるくらい人心をつかむように転換できた経緯のこと(メルカリでは頻繁に発売前の注意喚起が行われている)。
たとえば、映画「PERFECT DAYS」のこと。
たとえば、後半になると各プロジェクトに関わった社員の目線になり、柳井正の影は薄くなります。そのプロジェクトを柳井がどういう目線で見ていたのか。
前半は柳井正の目線で進んでいくのでグイグイ読めてしまいます。しかし、ユニクロの事業が拡大するにつれて社員の目線になり、さらに取り上げるトピックも多いから、後半に行くにつれて断片的な書き方になってしまうので読者としては物足りなさが残りました。
500ページの大著であるが、300ページ書き足した上下巻での完全版こそがユニクロにはふさわしいのではないでしょうか。
柳井正は、出会いに照れない
本書の後半で総括されているように、本書では柳井正のネタ元が明かされます。多くのビジネス書は著者自身が「イチから考えました」と主張するけれど、柳井正はネタ元を明かし、どう自分に活かしてきたかが詳述されています。
水道橋博士は百瀬博教の「出会いに照れるな」を行動原理としていますが、柳井正も出会いに遠慮することがありません。
たとえば、『熱闘「株式公開」』を読んで著者である公認会計士の安本隆晴へアポをとる。安本はユニクロの上場に関わり、後に監査役となる。
たとえば、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見て佐藤可士和へ会いに行く。
(『プロフェッショナル 仕事の流儀』の放送は2006年1月31日で、佐藤がロゴをリニューアルしたユニクロの旗が掲げられたソーホー店の開店は同年11月)
たとえば、ソフトバンクの社外取締役でしりあったジャック・マーの「アリババ」へ社員に教えを請いにかせる(ジャック・マーの取締役会での態度が気に入らないとしても)。
読書はすれど、著者に会いに行った経験はサイン会くらいで、それも大学生のころのことで、最近は全然そういうこともしていません。
柳井正がしていることはできないまでも、書籍を自分のことに引き寄せながら読むことはしていきたいと思う。
柳井正の金銭感覚
終盤、産業ロボットスタートアップ「Mujin」を支援するエピソードが出てきます。
出資をうけるためにソフトバンクが運営するファンドへ株を売ろうとすることに対して柳井は難色を示します。
最終的に柳井がソフトバンクの孫正義に口をきき、柳井が100億円融資し、残る200億円は銀行から借りることになります。
柳井正はゴルフが趣味なのでハワイのゴルフ場を買収し、京都と東京に大邸宅があるようですが、前澤勇作ほどには、何にお金を使ったかを報じられることはありません。
「カネ儲けは一枚一枚、お札を積むこと」が信条の父親から商売を継いだ柳井正なので、根底にはこの考え方があって動いているのでしょう。
個人的なユニクロ体験
ユニクロは店舗で扱う商品のサイズをXL、ウエスト98cmくらいまでに絞っています。範囲外のサイズはネットでどうぞ、ということで合理化か進んでいます。
私はウエスト104cmのズボンを買うに、ネットで注文し、店舗受け取りに設定しました。店舗受け取りの際にスマホを忘れ、商品受け取り用のバーコードを示すことが出来なくなってしまいました。ダメ元でサービスカウンターへその旨を告げると、携帯電話の番号の末尾4桁を、と。これで受け取らせてくれるのだから、融通きくというか、柳井正がはじめ、他の社員が再定義に苦心した「ユニクロらしさ」が末端の社員にまで徹底されていると感じました。
現在の日本でユニクロは、ソフトバンクや楽天、サイバーエージェントらと並んで創業社長が一代で急成長させた会社です。
ビジネスに限らず、抑えておかなければいけない必読の一冊であることは疑いようもありません。
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